未知への思い
歌人の登竜門として知られる第69回現代歌人協会賞(現代歌人協会主催)を「遠浅の空」(青磁社)で受賞した金田光世さん(44)は、「歌を作ることは、自身の思考へ深く潜りつつもどこか遠くへ飛ぶような感じであり、未知と向かい合う力を少しずつ身につけさせてもらった」と語った。〈空の穴押さへて吹けばりゆうりゆうと夕闇は来る海の底より〉という自作を挙げ、「未知ということを思いながら、どれだけ多くの時間、空を眺めてきたか」と振り返った。
高校で短歌に出会い、短歌結社「塔短歌会」に入会。「作歌に没頭することは、動きがたい現在地から自身を解放し、その途方もなさにひるむことなく言葉をつかんでいく作業」と言い、「生きて言葉を持つ限り未知の羽を得て作歌を続けていければ」と話した。
体験置き換え
同じく、「命の部首」(本阿弥書店)で現代歌人協会賞を受賞した久永草太さん(27)は獣医師で、短歌結社竹柏会「心の花」に所属。受賞スピーチで〈遠浅の海へ向って投げる貝 言葉にしたって伝わるもんか〉という自作の背景に触れた。大学時代、ウミガメの調査に携わった体験をもとに詠んだ歌で、実際に投げたのはカメだったが、「カメのインパクトに私の言葉が勝てなくて、どうしても伝えたい内容が伝わらなくなってしまう」と貝に置き換えたという。フィクションを使うのは作歌の常套(じょうとう)的な手段としつつ、「カメを投げたことを正確に伝えられる言語能力はまだ持っていないので、これからも言葉のナイフを研いでいけたら」と語った。
選考委員長の吉川宏志さんは選考過程について、「命の部首」が優勢だったが「やや意味重視で分かりやすすぎる」と主題性ばかりが選考の基準になることへの危惧が表明され、「遠浅の空」の「純粋な詩性を大切にしたい」と同時受賞とした経緯を明かした。
歳月を感じて
一方、歌壇の最高峰とされる第59回迢空賞(角川文化振興財団主催)を歌集「三本のやまぼふし」(砂子屋書房)で受賞した花山多佳子さん(77)は、歌歴半世紀となるベテランだ。
〈会ひたしと来つれどはな子この場所にまだ生きをれば耐へがたきかも〉は戦後タイから来日し、2016年に69歳で死亡したゾウのはな子を詠んだ一首。
自身が6歳の時、1歳年上のはな子が上野動物園から自宅近くの井の頭自然文化園に移り、頻繁に会いに行ったという。「死ぬ1年くらい前、また会いに行った。私は子どもから老人になっております。ゾウはそこにいたということですよね、ずっと」と花山さん。〈コンクリートだけを踏みつつ六十九年いちど人間を踏みしことあり〉という別の一首にも触れながら、「コンクリートだけを踏んでいた、その時間がすごく恐ろしいような感じがして、何とも言えなかった」と歌の背景を伝えた。
花山さんは歌人・玉城徹の長女で、玉城は第13回迢空賞受賞者でもある。自身が短歌を作り始めたのは、大学時代。「塔短歌会」に入り、現在は河北新報歌壇や「塔」で選者を務める。
受賞作は60代後半から70代前半にかけて詠んだ歌を収めた12冊目の歌集だ。「年を取るとそれなりに歳月から感じることもあるので、そういうところをこれからも詠んでいきたい」(佐々波幸子)=朝日新聞2025年9月3日掲載