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「修理する権利」/「アンチ・エイジングの思想」 持続可能な社会と尊厳ある生を 朝日新聞書評から 

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月06日
修理する権利: 使いつづける自由へ 著者:アーロン・パーザナウスキー 出版社:青土社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784791776955
発売⽇: 2025/04/28
サイズ: 13.5×19cm/464p

アンチ・アンチエイジングの思想――ボーヴォワール『老い』を読む 著者:上野千鶴子 出版社:みすず書房 ジャンル:哲学・思想

ISBN: 9784622097303
発売⽇: 2025/04/18
サイズ: 19.4×2.3cm/328p

「修理する権利」 [著]アーロン・パーザナウスキー/「アンチ・エイジングの思想」 [著]上野千鶴子

 物が壊れたら、よほど劣化が著しいとか買い替えを検討していたのでない限り、まずは修理を考えるだろう。高額だったり思い入れのある物ならなおさらだ。しかし、交換部品の不足、保証の期限や条件、ソフトへのアクセス制限、高額な修理費、そもそも修理不可の構造(例:一部のワイヤレスイヤホン)――実質的には修理の可能性は阻まれ、買い替え以外の選択肢はないように誘導される。
 なぜこうなった? 『修理する権利』は、恐慌や不況を食い止める手段としての消費を促す企業戦略の実例や歴史とともに、修理の妨げによって将来世代に及ぼされるコストや、失われる種々のメリットを提示する。
 たとえば電子機器の買い替えにより発生する、水源や健康を脅かす有毒廃棄物を含む年間5000万トン以上の電子ゴミ。スマートフォン1台の製造に要する100リットルの水や34キロの鉱石採掘、配送などに伴う環境汚染、人権問題(鉱山での子どもの労働や、呼吸器系疾患の多さ)。「リサイクル」の語は罪悪感を和らげるが、健康や環境、経済上の負担と効用は修理とは比較にならないという。とりわけ、修理がもたらす知識やスキルの伝承、問題の自己解決力、作り手の技巧や苦心と歴史の理解、二次流通(中古品市場)による豊かな層から貧しい層への資産移転など、修理の社会的効用を示す例はいずれも興味深く、真に「持続可能な社会」のありかたを考えさせられる。
 『アンチ・アンチエイジングの思想』では、フランスの哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールが1970年、62歳の時に書いた『老い』を中心に、内外のさまざまな立場の人物の言説を多数引用し、今日の日本の介護の現場や社会の現実と対比させながら、いつの時代も自己受容の難しい老いによる衰えと、それがなぜ「みじめ」なのかについて考察が進められる。
 若さが尊ばれる現代社会において、自立できなくなったら生きている価値はないかのように、安楽死の法制化や臨終時の措置の可否についての第三者を交えた事前共通意思確認など、「死ぬ権利」の整備ばかりが取り沙汰される昨今。「人間、役に立たなきゃ、生きてちゃ、いかんか」。著者の啖呵(たんか)は、「尊厳生」のないところに「尊厳死」などないこと、新しさや若さを是とする特定の価値観の植え付けに基づく社会圧力の暴力性を露呈させる。わびさびの美意識は今いずこ……?
 死はどの道確実に訪れる。超高齢社会に必要なのは、死ぬためではなく、より自由に生き延びるための思想だ。
    ◇
Aaron Perzanowski 米ミシガン大教授。専門はデジタル経済圏における知的財産法や物権法▽うえの・ちづこ 1948年生まれ。社会学者、東京大名誉教授。著書に『おひとりさまの老後』など。