1. HOME
  2. インタビュー
  3. 綿矢りささん「激しく煌めく短い命」 前作から6年、同性の純愛再び

綿矢りささん「激しく煌めく短い命」 前作から6年、同性の純愛再び

 島清(しませ)恋愛文学賞を受けた「生のみ生のままで」から6年、綿矢りささんが再び女性同士の恋模様を描いた。600ページを超す長編「激しく煌(きら)めく短い命」(文芸春秋)は、思春期からアラサーに至る2人の女性の関係性をじっくりと追った、狂おしいまでの純愛小説だ。

 「前作は心も体も充実した青春期の女性2人が日向(ひなた)で愛し合うような物語でした。今回は日陰の恋について考えてみようと思って」

 舞台は平成初期の京都。中学受験に失敗し、意に沿わぬまま入学式に臨んだ久乃は、同級生の綸(りん)にひと目でひかれる。ファッションに敏感で快活な綸と家庭科部で地味に過ごす久乃は校内での立ち位置が違う。なのに、会話を交わすたびに心が通じあっていく。それは友情とは異なる感情のようで……。

 「友達と恋人との間にもう一段階あるような関係。男子ではない綸にひかれる久乃のとまどいと、久乃をカノジョのように縛りつけたい綸の姿を通して、子供から成年にかけての心の成長を書きたかった」

 2人の恋の障害となるのは世間の目だ。ただでさえ、付いた離れたといった話題にかしましい中学時代。〈周りにバレたら、狂った愛情と思われて、怖がられるのかな〉とびくつく久乃と、あくまでも奔放にふるまう綸。性の目覚めから、少しずつスキンシップをはかる2人の姿は、初々しくも官能性を帯びている。

 偏見は同性愛に向けてだけではない。綸の出自を知る久乃の母は言う。〈あの中華料理屋の子、思てたよりも、ちゃんとした子で良かったわ〉。学校では人権学習と称した「差別を無くすため」の取り組みがあるが、教師も生徒もどこか型通りにこなしている。

 見えないコードが張り巡らされているような京都の街で隠微に恋を育む2人だが、その日常は平成初期の青春グラフィティの趣がある。彼女たちは1984年の早生まれの綿矢さんと同学年の設定。コギャル、ルーズソックス、PUFFY「アジアの純真」、映画「もののけ姫」、安室奈美恵のCMで知られる炭酸飲料ミスティオ……。固有名詞を並べるだけでも、時代相が鮮明に浮かび上がる。

 「思い返すと、すごく個性的な時代だったなって。女子高生がブランドになっていて、人生で一番チヤホヤされる時期を逃さないよう20歳までにやりたいことを全部やらなきゃ、みたいな空気を感じていた。何か生き急いでいるような」

 世間体を気にする久乃と奔放にふるまう綸は、中学時代が終わりをつげるころ、ある出来事をきっかけに決定的な亀裂が入る。それから十数年、32歳になった2人は東京で思わぬ再会を果たす。三十路(みそじ)を超え、世間にもまれ、煌めく時代が終わった2人の関係は、新たな段階へと進んでいく。

 出合い頭のような恋情が心の片隅にくすぶり続ける――「生のみ生のままで」でも描かれた恋愛の姿は相手の性別を問わない普遍性がある、と言いたいところだが、綿矢さん自身は「よくわからない」という。

 「前作のときは、男女間でも同性間でも恋愛というのは普遍的なものって考えて書いたのですが、それはもしかしたら乱暴なことなのかなって。本作を書き終えてもまだ、自分の中に答えが出てないんです」(野波健祐)=朝日新聞2025年9月10日掲載