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しおたにまみこさん「くも」インタビュー 絵本制作をはじめて10年 油彩で新境地へ

『くも』(偕成社)より

くもを見つめる子ども

――大きな空に悠々と浮かぶ、くも。「くもと めが あったことは ありますか? わたしはいちどだけ、あります」という一文から絵本ははじまります。くもたちは、遠くを見るように町を歩いていきます。子どもがそれをずっと見つめていますね。

 この絵本は説明がむずかしくて、言ってしまえば、ある夏のいっとき、子どもがくもを見ていたよ、というお話です。

 7、8年前に、くもの絵を落書きみたいに描いてみたことがあって。それが今作の1ページ目に出てくる、ふわふわしたくもの頭に体がくっついている絵です。絵本になりそうだなとしばらく考えてみたけど、やっぱり全然絵本にならないと思って、そのままになっていました。

 2022年に『さかなくん』(偕成社)を描き終わって次の絵本を考えていたとき、くもを主人公にしたお話はきっと自分には作れないから、子どもと犬がくもを見ているというふうにしたらどうだろうと。それからだんだん絵本にまとまっていきました。

――背の高い大人っぽいくもや、幼児のようなくも、いろんな体型のくもが描かれているのが不思議です。

 調べたらくもは10種類あるということだったので、いろいろな体型のくもを描いていきました。読んだ人は「くもに体があるの?」と不思議に思うかもしれないですね。
くもたちは自然のものなので、人と違って表情はありません。表情がないから、勝手に想像してしまうという感じです。

『くも』(偕成社)より

くもへの親しみと遠さを表現

――子どもは、晴れや雨の日、夕暮れや夜……日陰をつくり雨を降らせいろんな色に染まるくもを、もしかして仲良くなれるかなと思いながら見ています。

 子どもはくもに一方的にシンパシーを感じて、友達になれたらいいなと思うけれど、くもは遠くて絶対につながることはできない、コントロールできないものですよね。その遠さをどこまで描くのか、悩んだし迷ったところです。

 くもを見つめているときの表情も、感情を入れすぎないようになるべく控えめに描きました。私の好みでもありますし、読む人が子どもに感情移入するより「その場に一緒にいる」ように感じられたらいいなと思ったからです。

――具体的にはどのように制作を進めたのですか。

 まずパソコンでラフを描いていくのですが、絵と文を同時に考えながら、うまく絵本になるのか、自分でも半信半疑でした。描いているときは「感覚的におもしろい絵本になるかも」と思うんですけど、夜にベッドの中で「やっぱり、お話になってないよね?」と考えて絶望することの繰り返しでした。

くもを描くなら油彩で

――油絵具で絵本を描くのははじめてですか。

 はじめてです。高校のとき、芸大の油絵科を出た芸術家のおじさんに絵を習いに行っていたので画材としては親しみがあって。美大受験の予備校時代も描いていました。もともと西洋の中世絵画から、絵の世界を好きになったので、油絵への憧れと「いつか油絵で絵本を描くぞ」という思いがありました。

 昔の絵画って、くもがきれいなんですよ。風景や背景の一部として描かれているくもも、ぱーっと白く映えて存在感がある。「くもだー!」と感動しながら名画を見ていました。くもを描くなら、油絵具で描きたかったんです。今年、ピンポイント絵本コンペでの受賞をきっかけに、編集者と絵本を作りはじめてからちょうど10年になるので、いい機会だと思って挑戦しました。

 たとえば鉛筆画は先に白い部分を抜いて描くので、あらかじめ意図したところしか白く表現できない。油絵は塗り重ねができるので、毛のような細い白線を加えたり、けばけばの刷毛で意図しない動きのある線も自然に描けます。一方で、油絵具は、塗り重ねるほど厚みが出て盛り上がり、筆圧を間違えると剥がれたりも……。建物の面や線など、気に入ったテクスチャーに近づけていくのが難しかったです。

 

『くも』(偕成社)より

長いフリーズ時間と格闘

――絵の制作にはどのくらいの期間がかかりましたか。

 油絵なら、緻密に描き込んでいく鉛筆画より早く、もしかして半年くらいで描けるかと思ったら、そんなことなかった(笑)。途中、作業の手を止めて考え込むことが多くて、描き上げるのに2年かかりました。どこかが変だけど、絵のどの部分をどうすればよくなるかわからなくて、絵の前でフリーズしている時間が長かったです。

――とくに苦労した場面はありますか。

 交差点に子どもが立ち、道路のずっと向こうのくもを見ている、冒頭から2枚目の絵でしょうか。子どもと犬の存在感をちゃんと入れつつ、車が行き交うなにげない町並みの奥行きを描くのが難しかったです。頭ではイメージできるのに、描くとなぜか生命感がない町になって。数回失敗して、ちゃんと町の写真を撮らなきゃダメだと。参考になりそうな風景を探しに行き、撮ったものをいくつか組み合わせて描いています。

町の明かりに照らされる夜のくも

――くもを見つめる子どものそばで、犬は、よく別の方向を見ています。

 犬ってよくキョロキョロしていますからね。自分が10歳のときから約12年間、ゴールデンレトリーバーの「はなちゃん」と一緒に暮らしていたので、犬を描き入れたくて。私は3人姉妹の末っ子で、さらに姉たちと歳が離れていたから、はなちゃんはどうも私のことを、家族内順位が自分より下だと思っていたみたいです。私には甘えず、母犬のように心配して労ってくれました。犬はいろんなことをよくわかっていますよね。

――月にまるい傘がかかり、くもが横に広がっている場面も印象的です。

 昔、埼玉に住んでいたときは、星がすごくよく見えたんですけど、都内に引っ越して、星がほとんど見えないかわりに、夜のくもがよく見えることに気づきました。地上の明かりで下から照らされるせいでしょうか。この絵本の子どももそんな場所の子だと想像してもらえればと思います。

 

『くも』(偕成社)より

子どもの探究心から地続きの世界

――「くもと どうやったら なかよくなれるのでしょうか」……心の中でつぶやくようなせりふに引き込まれます。

 子どもっておもしろいなと思うのが、内面ではものすごくいろんなことを考えていても、表現する技術が未熟で、不自由な生きものだというところです。

 たとえばサイン会にせっかく来てくれて、しかもお手紙まで書いてきてくれたのに、一言もしゃべらずにいる子と、戸惑う親御さんを見ていると、子どもの頃の感覚がフラッシュバックします。自分も言葉にするのが下手な子だったので、目の前で一見不機嫌に黙り込んでいる子のなかに、恥ずかしさとかいろんな感情が混じっているんだろうな、と、共感でむずむずします(笑)。

 この間の夏休みに姪っ子たちが遊びにきたのですが、スリッパの形に見える変なものを「これはちっちゃいスリッパだ」とすごく嬉しそうに集めていたんですよ。ああ、子どものときって、何かの形に見えて、さらにちっちゃかったら最高のものに感じていたなと。その感覚わかるわーとしみじみ思いつつ、でも大人の私はゴミだとも思っている(笑)。姪っ子たちに会うと、子どものときの感覚を復習します。

 

『くも』(偕成社)より

――しおたにさんの絵本作品には、対象を見つめる独特のまなざしと空気感が感じられます。

 子どもが石を拾って集めたり、絵を上手になりたいと思ったりするのは、「探究」というと大げさですけど……根源的な欲求なような気がします。その感覚になじむ気質が私はあります。私が作る絵本は、自分と似通った性質のお話になっちゃうんだろうなと。

 今作も、くもが主人公ならかわいいお話になるかもしれないけど、それは私の性質じゃ描けない。でも、くもを目で追いかける子どもなら理解できます。

 私は対象からちょっと離れたところであれこれ考えているのが好きなのかもしれないです。距離をもちながら、想像しながら、眺めているのが好きなんだろうなと。SNSも書かずに眺めて楽しんでいるばっかりだし……そういうふうに言うと、ちょっと嫌なやつっぽいですかね(笑)。

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