ISBN: 9784908672842
発売⽇: 2025/08/11
サイズ: 13.5×19.5cm/448p
「極右インターナショナリズムの時代」 [著]佐原徹哉
歴史解釈ほど移ろいやすいものはない。1989年の東欧革命は当初、単に民主化または体制転換と形容された。だが、この10年の間に、新自由主義革命と再定義されるようになった。社会主義国家が資本主義世界発の新自由主義に呑(の)み込まれていく過程とみるのだ。欧州連合(EU)を新自由主義帝国とみる識者もいる。まさに東欧は新自由主義の浸透度を測るリトマス紙のような存在。東欧に典型的に表れるように、新自由主義の浸透が極右を生み、しかも極右をグローバルに跋扈(ばっこ)させたと主張するのが本書だ。
バルカン半島を軸に、世界的な右傾化のメカニズムを徐々に解きほぐす。問いは明快だ。西欧の極右に現れるカウンター・ジハード主義はなぜアルカイダや「イスラム国」(IS)ではなく、一般のムスリムや移民・難民に好意的なキリスト教徒を憎むのか。なぜ東欧のセルビア民族主義を称揚するのか。
著者は、極右の思考や行動の基底にあるのはリベラルに対する拒否なのだという。ユーゴスラヴィア内戦以来、欧米のリベラルによって悪のレッテルを貼られ続けたセルビアを賞賛することで、西欧の極右はリベラルな言説の「欺瞞(ぎまん)」を突こうとする。当のセルビア民族主義も、リベラルが擁護する移民・難民の排除を唱え、多文化主義的でリベラルな国際秩序に挑戦している。著者によれば、欧米の極右も中東の宗教右派も、本質的には反リベラルという名の反システム運動。ゆえに、国や民族を超えてインターナショナリズムとして連携が可能になるという。
では、なぜリベラルだけが標的になるのか。極右は欧米主導で進むグローバル化の原動力を新自由主義と多文化主義の中にみる。双方の根っこには人類の普遍性を掲げるリベラリズムがあり、それがすべての元凶だと信じている。ブルガリア極右の台頭の原因を反移民感情だけに求めるのはどうも不正確なようだ。
著者の真骨頂はここから。極右とリベラルは相容(あいい)れないようにみえて、実は、私的所有と自由な利潤追求において同じ源をもつという。極右が復権を求める国民国家と19世紀の植民地主義を支えるリベラリズムは思想的には折り合いが良い。実際、フランス新右翼がその典型。移民を排除し自国民のみに権利を限定する国民国家の復権は、グローバル資本主義の下部構造を強化することと矛盾しない。
今こそ冷静になるべきだ。極右が好む民族意識の鼓舞による一時的な高揚感は危うい劇薬。同時にリベラルも問われている。その足元を今一度、見直し鍛え直したい。
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さはら・てつや 1963年生まれ。明治大教授(東欧史・比較ジェノサイド研究)。著書に『中東民族問題の起源』『ボスニア内戦』『近代バルカン都市社会史』など。