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「香りの起源を求めて」書評 諦めず進む人々の臨場感ある姿

評者: 田島木綿子 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月20日
香りの起源を求めて: 香水を支える植物18の物語 著者:ドミニーク・ローク 出版社:築地書館 ジャンル:科学・テクノロジー

ISBN: 9784806716853
発売⽇: 2025/05/30
サイズ: 18.8×1.9cm/280p

「香りの起源を求めて」 [著]ドミニーク・ローク

 香水、特にフランス産を好み、もう一度訪れたい国ナンバーワンもフランスという何げないきっかけから本書と出あった。
 香水好きにはたまらない情報が満載で、伝説的な香木のため最後の3章に取っておいたと著者にいわしめるインドとオーストラリアのサンダルウッド(白檀〈びゃくだん〉)、バングラデシュのウード、ソマリランドのインセンス(乳香)も登場する。
 香水は三千年以上の歴史があること、香りを奏でる多くの成分は植物由来であり、原料は樹皮、根、種子、花など多岐にわたることに頷(うなず)きながら、1キロのバラエッセンスを生産するには100万本のバラを手で摘まなければならないことも知る。
 香水になるまでの工程や使われる器具や機器、携わる人々は実に多種多様だ。目に見えず、生きていくためにどうしても必要とは言えない「香り」へ人生をかけ、注ぐ探究心や情熱が真剣そのものであることは、分野は違えど現場に携わる者として共感するところが多い。
 しかし今回、一番胸に刺さってしまったのは、香水の素晴らしさよりも、ブルガリアのブルガリアンローズやマダガスカルのバニラの章で紹介されているように、原料の植物を栽培する国や地域が貧困、政変、戦争や災害などにより酷(ひど)く辛(つら)い状況に置かれていること。人間の愚行は繰り返される。
 それでも、現地や香水業界の人々が決して諦(あきら)めず、なんとか道を切り拓いていく臨場感あふれる姿は、長年香水業界に携わってきた著者ならではと思わせる描写だ。
 米国でレッドウッド(セコイア)原生林の管理をしていた著者の父の言葉も紹介される。「木々は恨みなんかしないさ。人間よりもはるかに多くの時間をもっているだけだ」。香水のはかない時間と大樹の長い時間が調和する可能性を信じる著者のように、この声を大切に心に刻みたい。
    ◇
Dominique Roques スイスの香水メーカーの元調達責任者。30年間にわたり50カ国を訪ねエッセンスやエキスを調達。