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朝井リョウさん「イン・ザ・メガチャーチ」 ファンダム経済に何を信じ、操られ、行動するのか

朝井リョウさん

 朝井リョウさんは、時代の空気を小説で「標本」にする。直近も「正欲」に「生殖記」と話題作を出し続け、作家生活は15周年を迎えた。最新刊「イン・ザ・メガチャーチ」(日本経済新聞出版)で描くのは、のむか、のまれるかのファンダム経済だ。

 近年、視聴者の投票でデビューメンバーを決めるアイドルのオーディション番組が増えた。視聴者の熱は終盤にかけて高まり、応援する「推し」をデビューさせるために投票を呼びかけるなど、すさまじい行動力を発揮する。そうした光景に朝井さんは、「供給された情報を浴びて、行動基準や考え方を変えさせられていく人たちへの興味が明確になった。絶対に勝たなければならない戦に臨む人たちの集団心理のようだと思ったんです」。

 それは、世界中で起きてきた戦争に向かう人々の行動にも重なった。「『推し活』という入りやすい切り口から、思いもよらない場所まで飛んでいけるものが書けるんじゃないかと思った」

 その言葉通り、3人の視点で描く今作は、今の時代に人々は何を信じ、操られ、行動するのか、現代社会の深部を映し出す。

 レコード会社勤務の慶彦はアイドルの運営チームに加わり、彼らの「物語」を作ることで「信徒獲得と教義の布教」をめざす。悩みを抱える娘の澄香は、アイドルに強く共感して、心酔していく。一方で、舞台俳優を熱烈に応援していた絢子の関心は、あるニュースで一変する。

 朝井さんは、彼らに宿る輝きとほの暗さという両面を見つめる。たとえば、ファン同士の連帯は、孤独を癒やすが、時に視野を狭めて暴走を招く。「どちらのエッセンスを強く受け取るかは、読み手に任せようというバランスにできたらと思った」

 作家としての自分は「シロアリ」のようだという。推し活でつながる友達も、アイドルのライブも好きなのに、「内側から『ここ、壊せるな』みたいな部分が見え始めると小説になっちゃう」。人が見て見ぬふりをしていることを、言語化して紙の上に引きずり出してしまうから「ごめんね、ばれませんようにみたいな気持ちで書くことが多いです」。

 読者をエンパワーメントするような書き方はできないのだという。「桐島、部活やめるってよ」でデビューした時も、「何かを伝えたいとか、面白い話を書きたいというより、忘れてしまいそうな空気感を瓶詰めしておきたい気持ちだった」。その後、誰かを元気づけたいといった別の思いで書いたこともあったが、最近はまた「この時代の標本みたいな小説を書きたい」というはじめの感覚に戻っている。使命感のような大義名分ではなく、「癖(へき)」として小説を書き続けている。(堀越理菜)=朝日新聞2025年10月1日掲載