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「生きとし生けるもの」書評 地道に足を運び気づいた不条理

評者: 秋山訓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年10月04日
生きとし生けるもの: 入管ウォッチャー15年の面会報告 著者:西山誠子 出版社:風媒社 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784833111669
発売⽇: 2025/07/31
サイズ: 12.8×18.8cm/294p

「生きとし生けるもの」 [著]西山誠子

 社会のため役立つことをしてみたい。誰しも思ったことがあるのでは。でも実行に移す人は十人に一人もいるだろうか。
 著者が選んだのが、名古屋出入国在留管理局の収容施設に通うことだった。その施設とは、非正規滞在の外国人が入れられる場所。65歳の時から週1回、「手抜きせず」通い始めて15年たった。
 最初は何のために通っているのかわからなかった。専業主婦40年、英語は中学レベル。自分の努力で事態が良くなるわけでもない。だが通い続けるうち、見続けることこそ大事と気づく。「入管ウォッチャー」誕生だ。
 収容者と話をし、買い物を代行する。でも保証人になるなど、身の丈に合わないことはしない。
 地道に足を運び続けるからこそ気づき、理解し、疑問を抱く。収容には期限がなく、収容者は心身共に病む。肉身のない鶏肉弁当(?)が出され、面会室にマイクがつくと決まっても何カ月もそのまま。職員はうそをつき、統計を隠蔽(いんぺい)。集団部屋なのに、トイレは部屋の中で腰丈ほどの高さの目隠し板のみ。「弱気に冷酷、強気に忖度(そんたく)、ご都合主義の事なかれ主義」。収容者は人生を細切れにされ「罪と罰のバランス」が取れていない。
 何十年もの長期「不法滞在者」は、著者の指摘通りかつてのバブル経済期に足りない人手を補充するために来た人も多い。政府も企業も黙認し、ブローカーが群がった。外国人政策は行き当たりばったり、ないに等しかった。都合よく外国人を置き去りにする社会は、日本人をも置き去りにするであろう。
 がんの大手術をし、体の左右に人工肛門(こうもん)と人工尿管、さらに胃ろうの三つも袋をぶら下げても通い続けている著者。ウィシュマ・サンダマリさんが同じ施設で死亡したのは、著者がその病のゆえに、毎週通うのが難しい時期だった。
 私たちの百人に一人が、何かのウォッチャーになれば、社会はぐっと生きやすくなるはずだ。
    ◇
にしやま・せいこ 1944年生まれ。専業主婦として2男2女を育てた。65歳で名古屋入管面会ボランティア活動を始めた。