スウェーデン・アカデミーは9日、2025年のノーベル文学賞をハンガリーのクラスナホルカイ・ラースローさん(71)に授与すると発表した。授賞理由は「終末的な恐怖のさなか、説得力と予見性のある作品により、芸術の持つ力を再確認させた」としている。
1954年、ハンガリー南東部の町ジュラ生まれ。出版社勤務を経て、作家になった。ひとつの文章がときに数ページにわたって続く特異な文体が特徴で、出口の見いだせない不条理な状況を描く作風は、フランツ・カフカやサミュエル・ベケットらを想起させる。
作品の大半がドイツ語や英語に翻訳されている。国際的な評価も高く、2015年に英国の国際ブッカー賞、19年に全米図書賞翻訳文学部門を受賞した。代表作の「サタンタンゴ」(85年)と「抵抗の憂鬱(ゆううつ)」(89年)は、同じハンガリー出身のタル・ベーラ監督により映画化された。
■日本と深い関わり
日本との関わりは深く、97年の初来日で伝統文化にみせられ、2000年と05年には国際交流基金のフェローとしてそれぞれ半年間、京都に滞在した。能楽師のもとに通いながら、寺社建築や日本庭園など日本の伝統文化を研究した。
この体験をきっかけに書き上げた、京都を舞台にした03年の小説「北は山、南は湖、西は道、東は川」(早稲田みかさん訳)が邦訳されている。日本の影響を受けた作品にはほかに、世阿弥や能楽師にまつわる短編集がある。
早稲田さんは受賞について「ハンガリーを代表する作家で世界的にも著名な方なので、認められてよかった。破壊と創造を繰り返すことをテーマにした作品が多い。戦争を繰り返している現在にも通ずるもので、ハンガリーが舞台の作品でも普遍性がある」と話した。
クラスナホルカイさんは受賞決定後、公式の電話インタビューで現在の感情を「なんたる大惨事か」との表現で語った。これは1969年にサミュエル・ベケットが文学賞を受賞した際、妻が発した言葉とされる。
冗談を交えつつも「とてもうれしく、誇りに多う。全くの驚きだし、いまだに信じられない」とクラスナホルカイさん。ドイツ・フランクフルトに滞在中で、病床の友人と時間を過ごしていた。「おいしいワインとシャンパンで、友人たちとディナーをする」という。
自らを執筆へと駆り立てる最大のインスピレーションを問われると、「苦しさだ」と答えた。
「いまの世界の状況を見ると、とても悲しくなる。いまの、あるいはここに至るまでの人類(が生きている世界状況)だ。これが私の最も深いインスピレーションだ」
また、現代について「生き延びるために、これまでよりもずっと大きな力を必要としている」と指摘。現実に対して感じる「苦しさ」は、次世代の文学界にとってもインスピレーションになりうるものだと説いた。
ノーベル文学賞は、アルフレッド・ノーベルの遺言に基づき、「理想的な方向に向かって、最も優れた作品を創出した人物」に贈られる。1901~2024年の117回にわたり、121人に授与されてきた。昨年は韓国の作家ハン・ガンさんが、アジアの女性として初めて受賞した。候補や推薦者、授与決定に至る過程は原則として50年間は公開されない。
賞金は1100万スウェーデンクローナ(約1億7千万円)。授賞式はノーベルの命日にあたる12月10日、スウェーデンの首都ストックホルムで開かれる。
(ロンドン=藤原学思、野波健祐)朝日新聞デジタル2025年10月09日掲載