- 『修道女フィデルマの慧眼(けいがん)』 ピーター・トレメイン著 田村美佐子訳 創元推理文庫 1100円
- 『厳島』 武内涼著 新潮文庫 990円
- 『奥州狼狩奉行始末』 東圭一著 ハルキ文庫 792円
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歴史時代小説で「知性」を魅力的に書いた三冊を選書。七世紀アイルランドが舞台の(1)は、旅する修道女フィデルマが事件を解決するミステリ短編集。アイルランド法に精通し法廷弁護士〈ドーリィー〉の資格を持つハイクラス女性フィデルマの、修道院長をも怯(ひる)ませる智弁の冴(さ)えが爽快だ。著者は著名なケルト研究者であり、アイルランド独自の社会情勢、宗教、風習等の考証が作品に唯一無二の奥行きを与える。シリーズはすでに多く翻訳されており、本書を入り口にシリーズに飛びこめる。
戦国三大奇襲の一つ、兵数に劣る毛利元就(もとなり)が陶晴賢(すえはるかた)に勝利した厳島合戦を描いた(2)。主人公に晴賢ではなく陶軍の知将・弘中隆兼(たかかね)を据え、元就との合戦に至るまでの神経戦をスリリングに描いた。隆兼は民を思う義心のある優れた将……がゆえに義兄弟の絆すら切り裂く謀将・毛利元就の、桁外れの将器が際立つ。組織内の軋轢(あつれき)により隆兼の正しい進言が却下される不条理もリアルで、その帰結の壮烈な厳島合戦は、無常が漂う。
(3)は江戸時代、奥州のある藩で、狼害(ろうがい)をふせぐ狼狩(おおかみがり)奉行に就いた主人公・岩泉亮介が、馬医らとともに狼の頭目「黒絞(くろしぼ)り」を追う。藩政の裏で汚職に手を染め私腹を肥やす人々、生きるため人の裏をかくように動く狼。亮介と黒絞りの邂逅(かいこう)シーンは、心通わせる両者の眼差(まなざ)しが印象深い。知性をどのように用いるか。狼狩奉行という心躍る役職を「発掘」した本作は、知とは人の専売特許ではないと示すかのようだ。=朝日新聞2025年10月11日掲載