子どもと、子どもの本に関わる人をつなぐ国際児童図書評議会(IBBY、本部=スイス・バーゼル)のバサラット・カズィム会長が9月に来日した。カズィムさんは朝日新聞の取材に、パキスタンで40年以上子どもの読書に携わってきた経験や、子どもの本が持つ可能性について語った。
カズィムさんは1980年代初め、子ども向けの移動図書館を広げる「アリフ・レイラ・ブックバス協会」の活動に加わった。初期のころ、国内の公立学校を訪ねたが、教室は薄暗くて散らかり、授業は丸暗記を求める内容ばかりだった。そこで目にした光景が、活動に本格的に取り組むきっかけになった。
「想像力を広げるような色彩豊かな本はなく、学校は退屈な場所になっていた。子どもたちにはもっとやさしさや慈しみが必要だと感じ、彼らのために何かしたいという思いを抱くようになりました」
パキスタン第2の都市ラホールで2人の子育て中、よく図書館に通った。そこで読み聞かせをするうちに変化に驚いた。
「だんだん知性が研ぎ澄まされ、柔軟性を身につけていくのを目の当たりにした」。読み聞かせを続けるうちに、物事をすばやく考え、行動に移す力が育っていったように思う。この経験も、パキスタン全土に、子どもたちが心から本を楽しめる環境を整えたいとの思いを強くした。
移動図書館は、バスなどの自動車のほか、道路事情が悪い地域にもたどりつけるようにラクダやボート、人力車も用いている。
娘と一緒にラクダの移動図書館に来たある若い母親は、自身も夢中で本を読み始めた。子育てに追われ、学業をあきらめていたのだという。「子どもの本が与えてくれる鮮やかな色彩やわくわく感は、私の原動力でもある。本を通して子どもや若い世代がつながり、やがて自分の力で本を読めるようになる」
一方、世界では読書人口が減っている。いまカギになるのは、司書をはじめ、子どもの読書を手助けする大人の存在だと考える。
「子どもたちが読書に興味を育むことができるよう、世界中の司書たちが読書会や朗読会、絵を描くことなどを通じて、やさしさを届けることが必要。その手助けが生涯にわたる読者を育てることにつながる」
パキスタンでは、気候変動の影響で洪水が起き、壊滅的な被害を受けた地域がある。パレスチナやウクライナなど、戦争や紛争で厳しい状況に置かれた子どもたちのことも気にかける。
「人類が世界にどれほどの災いをもたらしたかを振り返ると、その災いから子どもたちを守りたいと思います。だからこそ、現代の若い父母のみなさんは、子どもたちに本を、または本のようにいとおしく心安らぐものをぜひ手に取らせてあげてほしい。すべての子どもたちが取り残されないようにしなければなりません」(伊藤宏樹)=朝日新聞2025年10月22日掲載