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「おにたろかっぱ」書評 ダメダメ父と口達者な息子の旅

評者: 青山七恵 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月01日
おにたろかっぱ (単行本) 著者:戌井 昭人 出版社:中央公論新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784120059476
発売⽇: 2025/09/19
サイズ: 2.5×19.1cm/392p

「おにたろかっぱ」 [著]戌井昭人

 タロは元気いっぱいの三歳児、好きなものは恐竜で、友だちはオニとカッパと上田ウシノスケ。父ちゃんと母ちゃんと小さな海辺の町に暮らしている。日々の成長がめざましいタロに対して、ミュージシャンの父ちゃんは低迷中。育児に没頭するあまり音楽活動から遠ざかりつつある自分に焦っているのだ。そこで一念発起、父ちゃんはギター一本でライブハウスを回るどさまわりツアーを企画。このツアーにタロが同行することになり、歌い笑い喧嘩(けんが)しまくる父子二人の旅が始まった。
 自由闊達(かったつ)で口の達者なタロとダメダメな父ちゃん、とにかくこのコンビが最高で、二人の話をずっと聞いていたくなる。海辺の町に暮らす人々もまた、人間臭くて愛(いと)おしい。タバコをぷかぷか吸ってだべる人、タイヤを引きずりトレーニングに励む人、毎日せっせと芋パンを焼く人。そんな一人一人の暮らしをぎゅっとひとまとめにした姿が小さなタロのようでもあるし、皆がそれぞれ、自分の中にあるタロ的なものを大切にしているようにも見える。
 旅先でもたくさんの風変わりな人と出会い、真っ向からその風変わりなパワーをどんどん取り込んでいくタロ。一方父ちゃんは、言うことを聞かないタロにムキになり、しょっちゅう自己嫌悪に陥ってしまう。目の前にあるものに集中せず、見えもしない未来のことを考えて、勝手に暗くなったり感傷的になったりする大人とは、なんとドジでトンマで寂しい生きものであることか。
 旅の終盤、タロと別れて駅のホームで一人ぼろぼろ涙を流す父ちゃんの姿がまあ、情けなくて哀れで、読んでいるこちらも泣けてくる。親たちは親になった瞬間から、すでに子に置き去りにされているのかもしれない。そのことにゆっくり気づいていく過程を子育てと呼ぶのだろうか。旅を終え世界に一歩踏み出したタロの背中は、もうどうやっても追いつけないほど遠くて眩(まぶ)しい。
    ◇
いぬい・あきと 1971年生まれ。作家、劇作家。『すっぽん心中』で川端康成文学賞。『戌井昭人 芥川賞落選小説集』など。