1. HOME
  2. 書評
  3. 「リミタリアニズム」書評 桁外れの金持ちに切り込む論理

「リミタリアニズム」書評 桁外れの金持ちに切り込む論理

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月01日
リミタリアニズム 財産上限主義の可能性 著者:イングリッド・ロベインス 出版社:草思社 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784794227867
発売⽇: 2025/09/16
サイズ: 13.4×18.8cm/432p

「リミタリアニズム」[著]イングリッド・ロベインス

 2022年の報道によれば、世界には10億ドル以上の資産を持つ人が2668人いて、平均額は1人当たり47億5千万ドル。巨額すぎてピンとこないだろうからと、本書の著者は賃金に換算してみた。もし65歳まで働いてこの額を手にするなら時給はどれくらいか。答えは4万598ドル(約621万円)だ。
 こんな桁外れな資産を持つことは正当化できるのか。本書は現代の経済的不平等そのものに切り込む意欲作である。1人が持てる財産に上限を設けるべきだというその主張は、最初は奇異に思えるかもしれない。しかし著者は大胆かつ丁寧な論理展開で、読者を説得していく。
 大金持ちの存在が民主主義を損なう。例としてあげるのが、かつてドナルド・トランプ氏が口にした正直すぎる見解だ。実業家として共和党、民主党を問わず政治献金をしてきた理由について、こう述べたという。「何かしてほしいことができたら、2年後でも、3年後でも電話する。そうすれば私のためにやってくれる。つまり、制度が崩壊してるってのはそういうことだ」
 豪邸に住み、プライベートジェットで飛び回る大金持ちの生活様式が、二酸化炭素の排出量を増やしている。自分の才能と努力で財をなしたと言うことじたいが、何世代にもわたって確立された技術や社会制度を無視している。そんな主張の上で著者が財産の上限とするのが、1千万ドル(15億3千万円)ほどだ。しかし本当に目指すべきはその10分の1だという。質の高い生活を送るのに十分なお金で、それ以上の部分は医療や貧困対策、温暖化対策などに再分配すべきだという。
 著者はオランダの経済学者であり哲学者。経済の問題を経済学者だけにまかせるのが思考の可能性を狭めてしまうことも本書は教えてくれる。出てくる事例は米国や英国が多いが、日本も大金持ちの多さでは欧州各国と何ら遜色はない。
    ◇
Ingrid Robeyns 哲学者、経済学者。オランダ・ユトレヒト大倫理研究所教授。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員教授。