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映画「旅と日々」主演シム・ウンギョンさんインタビュー つげ義春作品を大胆アレンジ「自身の経験も重ね」

シム・ウンギョンさん=有村蓮撮影

(C) 2025『旅と日々』製作委員会

噓のない人間の素顔が描かれている

――シムさんが監督の三宅唱さんと初めて会ったのは、釜山国際映画祭の場だったと聞きました。

 もともと、私は三宅監督の大ファンでした。初めてお会いしたのは2022年の釜山国際映画祭で、映画祭での「ケイコ 目を澄ませて」の上映にあわせて、監督も来韓されたんです。直接お話しできた時間はそこまで長くはなかったのですが、「監督の作品に出たいです」と、直接自分の言葉でお伝えすることができました。

 とはいえ、すぐにそれが実現するとは思ってはいなかったのですが、それから1年ほどして、監督の新作「旅と日々」のお話をいただいたんです。びっくりしつつも、脚本を読んでたちまち魅了され、作品に出演することを決めました。そこから、私の「旅と日々」という名の「旅」がはじまりました。

――原作である「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」はどのように読みましたか。

 つげ先生のお名前は前から知っていたのですが、「旅と日々」に参加することになってはじめて2作を読み、それぞれ深い感銘を受けました。噓のない人間の素顔が描かれていて、言葉で表すのが難しい人間の「絆」が現れていると感じました。

 「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」はともに、初対面の人たちが紡ぐ物語ではあります。それもあり、彼らの関係性を言葉で説明するのはなかなか難しい。でも読んでいくと、彼らの間にはたしかに何らかの「絆」が生まれたことが伝わってきますし、それは言葉とは離れたところではじめて表現できるものだとも思います。漫画と映画という違いはありますが、三宅監督もまた「言葉にならないことを表現したい」とおっしゃっているのを耳にしていましたので、どのようにつげ先生の作品が映画としてかたちになるのか、楽しみにしていました。

過去の名脚本家たちの仕事に学んだ

――「旅と日々」はつげ義春の原作をかなり大胆にアレンジしています。「海辺の叙景」はいわば映画中映画として前半にあらわれ、後半では、脚本家であるシムさん演じる李が、「ほんやら洞のべんさん」をなぞる形で雪国へと旅に出ます。李を演じる上では、事前にどのような準備をしましたか。

 これまでさまざまな役柄を演じてはきたのですが、映画に関わる人の役を演じる機会はありませんでした。また、脚本家という職業にはかねてから憧れを抱いていたので、自分が演じられることにわくわくしていました。

 演じるにあたっては、まず脚本家を題材にしたさまざまな映画を鑑賞しました。たとえば、デヴィッド・フィンチャー監督の「Mank/マンク」(「市民ケーン」の共同脚本家である、ハーマン・J・マンキウィッツを主人公とした作品)などを鑑賞し、過去の名脚本家たちの思いや、彼らの仕事のディティールを学んでいった感じですね。

 加えて、三宅監督と入念にメールのやり取りを行いました。それは自身が演じる李という人物について、脚本を読みながら気になった点を監督に尋ねるという感じでしたが、その都度もらった回答から、自分なりの「李」像を形づくっていきました。

 ちなみに、原作での主人公は漫画家という設定になっていますが、脚本家にしたのは、三宅監督が「言葉を探す時間」に魅力を感じていたからだそうですね。じっさいに、映画では李が直接ノートに言葉を書き込むシーンもいくつか登場し、それぞれ印象的なシーンになっていると思います。

――三宅監督とのメールのやり取りの中で印象的だったことや、実際の演技指導で印象的だったことについて、教えていただけますか。

 中盤、李が大学のティーチ・インに脚本家として登壇するシーンがありますが、彼女はそこで「私には才能がないな、と思いました」と口にします。たとえば、それは単なる謙遜の言葉なのか、それとも心からの思いなのか、そういったことについて三宅監督に質問を重ねた感じですね。私自身、俳優を続けるなかで「自分には才能がないんじゃないか」と悩んだことはありましたし、李を演じる中では、そうした自分の経験も重ねてはいます。

 また、表情についての示唆は大きかったですね。三宅監督は李について、バスター・キートンのようなイメージを想定していました。キートンは「笑わない」ことで有名な俳優ですが、私への演技指導においても、わかりやすい表情の変化ではなく、より微細な表情や、わずかな動きを重視していたんです。加えて、撮影においてはそのような「細かさ」をすくい取るように、監督はカメラの位置やアングルには強いこだわりを見せていました。そのような過程で、「旅と日々」にはさまざまな動きの豊かさが表れていると思います。

堤真一さんの力でまっとうできた

――後半、李は自分を見直すために雪国への旅に向かいます。舞台となるのは冬の庄内地方で、じっさいに雪深い現地での撮影は大変だったと思うのですが。

 劇中で、私が雪で足を滑らせるシーンがあります。実はそのシーンは狙ってのものではなく、偶然生まれたものだったんですね。雪の中ではそのような動きづらさも多かったのですが、同時に、それを含めていくつもの「未知」を体感することもでき、その「未知」がいい方向に作用したとも思います。

 作中で李が訪れるのは、人里からはやや離れた場所です。撮影でもそのように、人がほとんど来ない、かなり奥まった場所をいろいろと訪れ、それがとても楽しかったんです。自分が本当に旅をしているように感じられ、演技をしながらも、旅の醍醐味を感じられたように思いました。

――後半、李は堤真一さんが演じる「べんさん」の宿に泊まり、そこでべんさんと少しずつやり取りを重ねていきます。映画の中では、じっさいにふたりが宿の中で生活をしているように感じられました。

 堤さんとは2019年に舞台「良い子はみんなご褒美がもらえる」でご一緒して、それ以来2度目となる共演でした。じつは堤さんとは今回、本番の撮影になってからはじめてお会いしました。というのは、作品で私が演じる李は、堤さんが演じるべんさんと映画の中で初めて会うという設定だったので、おそらく監督が意図的にお互いに慣れていない感じを出すために、それまで接触する機会を作らずにいたんだと思います。

 そして撮影では、じっさいに「慣れていない感じ」を自然に出せたと感じています。それは堤さんと会わずにいたことももちろんありますが、それ以上に、堤さんの持つ力がそうさせてくれたんだとも思います。「良い子はみんなご褒美がもらえる」の時、堤さんと私は親子の役を演じましたが、舞台上での堤さんは、本当に「父」のようなかたちで私に向き合ってくれて、だからこそ私も「子ども」としての自分に自然に入り込むことができたんです。「旅と日々」でも同様に、堤さんはずっと「べんさん」として私に向き合ってくれて、それゆえに私も「李」としての姿勢をまっとうできたのだと感じています。

ヘアメイク:新宮利彦(VRAI) スタイリスト:島津由行/衣装協力:PS PauI Smith(問い合わせ先:PauI Smith Limited 03-3478-5600)

新しい自分に出会えるのも「旅」

――撮影を終えた今、シムさんは「旅」とはどのようなものだと思いますか。

 「旅と日々」に出演する前は、「旅」について深く考えるような機会はありませんでした。旅行が好きというわけではなかったですし、また仕事を第一に考えていたので、旅行に行くような暇もなかったんですね。しかし、「旅と日々」に出合ったことで、自分にとっての「旅」を見直すようになったと思います。

 「旅」は海外に行って、普段できないような経験をすることだけではないと思います。たとえば、旅先で目立つことは何もしなかったとしても、そこで見聞きした何気ないことが自分のなかに深く残るかもしれません。また、文字通りの「旅」じゃなくても、日常の中で何か新しい自分に出会えるようなことがあれば、それもまた、「旅」と呼べるのではないかと思っています。今、この瞬間にこうしてお話をしていることも「旅」であると思いますし、今後もまた、映画を通してさまざまな「旅」に出合っていければ嬉しいですね。