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「口訳 太平記 ラブ&ピース」書評 グルーヴ感あふれた語りで疾走

評者: 秋山訓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月22日
口訳 太平記 ラブ&ピース 著者:町田 康 出版社:講談社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784065407929
発売⽇: 2025/09/26
サイズ: 13.5×19.4cm/488p

「口訳 太平記 ラブ&ピース」[著]町田康

 権力者は利権を奪い合い、官僚は先例に縛られ、米の高騰で庶民が困窮、政治は混乱し院政が敷かれる――。いえ今年の我が国ではなく、700年前の鎌倉時代末期のお話。人間ってやることは変わらないのだなぁ。
 後醍醐天皇の倒幕計画に始まる歴史文学「太平記」が新たな語り手を得てよみがえった。太平記なんて名前を聞いたことがあるだけ……というあなたも大丈夫。コトが起きるまでの経緯もていねいに説明してある。
 さすがロッカー、語り口調がグルーヴ感にあふれ、半端ない。「むっさ」「いてもたるど」に「マジか」「マジです」、時には「Guy」やら「simulation」まで、横文字も交えて疾走する。
 あまりに悲惨すぎて、笑うに笑えないけど笑うしかない状況、どんなに賢い御仁でも、自分の利害がからむととたんに人はアホになる……これもあれも、ああ古今、人はどうしてこうなのか。
 終盤、物語はぐんぐん加速、さらに血湧き肉躍る。合戦は人間性をいや応なくあらわにする。ベトコンばりの根性の据わったやつ、いざという時に役に立たないへたれ。そしていよいよ楠木正成登場、むっさ有名なあの攻防もある。テンションMaxに達したところでto be continued。あれ、もう?
 もう一つ、この本が照射する現代性がある。80年代に十代の評者が学校で歴史を勉強した時、後醍醐天皇は周囲を巻き込んで倒幕に走った困ったお方で、楠木正成は小ずるい悪党みたいに認識していた。特に歴史に関心があったわけではなく、そう教わったとしか思えない。
 これが戦前には正反対に教わったと知った時には驚いた。忠臣楠公の肖像は皇居前に建てられた。歴史は政治によって変わる――これまた笑うに笑えないけど笑うしかない歴史の実相かもしれない。ただ今現在の我が国の話ではない。と思いたい。マジです。早く続きが読みたいよ。
    ◇
まちだ・こう 1962年生まれ。作家。『きれぎれ』で芥川賞、『宿屋めぐり』で野間文芸賞。本書の続編を文芸誌で連載中。