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いしいしんじさん「チェロ湖」 湖に暮らす家族4代の物語「変奏曲のように言葉に」

いしいしんじさん

 弦楽器に似た形をした湖で、若い男がレコード針を使って「ものがたり」を釣り上げる――。いしいしんじさんの大部の小説「チェロ湖」(新潮社)は、そんな奇想から生まれた。湖に暮らす家族4代の歴史物語であり、古い蓄音器に導かれた音の物語であり、なにより、幻想的な作風で知られる著者ならではの生命愛あふれる物語だ。

 湖畔に住む男は野鳥の声の録音とコアユ釣りで生計を立てている。日課は祖母の残した蓄音器でSPレコードを聴くこと。古い音源を再生した鉄針を釣り糸の先につけ、湖水に垂らすと、音楽の流れていた時代の家族のものがたりが浮かび上がってくる。

 いしいさんの執筆は計画を立てず、手探りで言葉を連ねていくスタイルだが、本作はまず「かたち」が浮かんだ。水面に黒い円盤がぐるぐる回っている。並行して上中下に3枚。上が現代だとしたら、中は父母の時代、下は祖父母の時代か。上から釣り針を垂らすと古い時代の物語と行き来できるのではないか……。

 発想の源は二つの体験から。15年ほど前に音楽の師匠に勧められて蓄音器を手に入れた。自宅で初めて聴いたとき、プレスリーの声が録音当時のスタジオにいるかのごとき臨場感で迫ってきた。

 同じころ、地元の先輩が琵琶湖の小鮎(こあゆ)釣りに連れて行ってくれた。明け方の空の変化によって表情を変える湖畔の景色と、水のなかでキラキラと光る魚の群れに、生命の持つエネルギーを感じた。

 「かたちが浮かんでからは、僕の中に無意識にたまっている記憶に漬かるように書いていた。ときどき溺れかけたりしながらも、アタリを探しながら物語を釣っていきました」

 釣り針は1920年代から2020年代の間を自在に行き来する。過去の物語の中心となるのは、若い男の祖父にあたる男と3人の女性だ。野性味あふれる自由人の四人(ヨツト)、彼の母でいつも半分水に漬かっている妖女ミズハ、蓄音器に魅了される幼なじみの妻・千、チェロの才を持つ娘・千四子。彼らの人生とともに、湖をめぐる時代相が描かれていく。

 ドジョウの一気のみの数を競う「クロのみ大会」、突如現れては湖周を荒らし回る野生馬の群れ、岸辺に流れつく無数の耳たぶ、といった寓話(ぐうわ)風のエピソードが頻出する一方、近代日本が歩んだ時局も織り込まれている。とりわけ、都会の音楽学校に通う千四子の空襲体験は強烈だ。後に彼女の連れ合いとなる鬼才の建築家は、戦後のコンクリートを多用した開発に一石を投じるかのごとく、湖にかかる大橋を思いもよらぬ材料で造り上げる。

 「家族や湖周りの暮らしの変化を丁寧に書いているうちに戦争が入ってきた感じですね。時事問題よりも、人の生死や、生命とは何かって考えるほうにひかれていて。書き終えてみて、生きてるってことは、音を立てるってことなんだろうかなって思いました」

 本作に流れる音は、蓄音器が発する古今東西の名曲だけではない。湖畔に暮らす人々の生活音、若い男が集める鳥の声、馬や魚たちの跳ね回る音、開発が進む湖辺の槌(つち)の音……。湖そのものが一つの楽器として、様々な音を奏でている。

 「人間だけでなく、いろんなものが生きていることを、変奏曲のように言葉にしていった。物語の水面で生まれた言葉は湖底にたまっていく。物語を読む、とは表面をなぞるだけではなくて、もぐってもらって堆積(たいせき)物のようなものに触れることかなと。読者の波動と僕が書いている時の波動が共鳴し合うのが大事かなと思ってます」(野波健祐)=朝日新聞2025年12月3日掲載