今年度の歴程賞(詩誌「歴程」主催)の授賞式が11月15日、東京・市ケ谷で開かれた。第63回の受賞者は詩集「伎須美野(きすみの)」の時里二郎さん=写真右=と、評伝「草野心平」の近藤洋太さん=同左。それぞれが追い求める詩情について語った。
「歴程」は1935年、草野心平や中原中也らが創刊。歴程賞は過去には芸術家の岡本太郎や冒険家の植村直己らにも贈られ、広い意味での「詩精神」をたたえてきた。
「伎須美野」について、選考にあたった野村喜和夫さんは「伝承とポエジーを、他の追随を許さないレベルまで結合させ、高めた作品」と評価した。
伎須美野は、奈良時代の文献にも出てくる播磨地方の古い地名。播磨平野の加西市で生まれ育った時里さんは、車で数時間の山をしばしば歩いて詩想を練ってきた。
「そこはクマの生息地。山歩きを楽しんだことはない。いつもびくびくしながら、自分が入ってはいけないところだとしみじみ感じながら森の中を歩いていると、ブナの芽吹きに集まる瑠璃色のクワガタなどに、本当に心が震える」
さすがにこの秋は山を控えているが、「無数の生きもの、植物、キノコ、それらは『森のことば』。われわれが入り込むことができない世界のことば。詩集のことばも、ふつうの人が入り込むことができないものを、持たなければならない。ある境界を超えたことばの世界を、できるだけ丁寧に丹念に描いた。今を生きている人が入り込めない世界をことばで表現する、それが今のぼくのテーマ」。
草野心平については、85年の生涯と作品を網羅した本格的な評伝はこれまでなかったという。近藤さんによる評伝はそうした意義だけでなく、草野の桁違いに器の大きい不屈の精神をよみがえらせた点が評価された。
近藤さんは語る。「心平が最初の詩集『第百階級』を書いたとき、日本はデフレ不況の真っ最中。心平も赤貧生活だったが、蛙(かえる)に仮託し、最下層の人間をいとおしく思っていた。反語や皮肉という方法をとらず、だからこそ、ほかの人とは違う面を見せた。貧乏の中で、居酒屋やバーを開いたのは、仲間との解放区(アジール)を作りたかったからではないか」(藤崎昭子)=朝日新聞2025年12月10日掲載