1. HOME
  2. 書評
  3. 「松本清張と水上勉」書評 高度成長期の作家と社会を読む

「松本清張と水上勉」書評 高度成長期の作家と社会を読む

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2025年12月20日
松本清張と水上勉 (筑摩選書 0313) 著者:藤井 淑禎 出版社:筑摩書房 ジャンル:評論・文学研究

ISBN: 9784480018311
発売⽇: 2025/09/18
サイズ: 18.8×2cm/224p

「松本清張と水上勉」 [著]藤井淑禎

 松本清張と水上勉の共通点は「雑食性」にあると、著者は見る。松本が10歳ほど年上になるのだが、多様な人生経験、幅広い分野への執筆姿勢、活力ある精神などが相似ているというわけだ。戦後の高度成長期に社会派推理小説を軸とした成熟期を迎え、そのストーリーは社会の空気と見事に合致したとも言えるように思う。
 著者は、二人の作品系列や内容の分析を踏まえた上で、社会派推理小説の「社会的動機を重視」する清張と、「社会的背景」にこだわる水上の作品について詳細な記述を試みる。
 『巣の絵』や『不知火海沿岸』などを挙げ、水上のほうがより社会派だったと論じる。しかし本書では、戦後の文壇に独自の存在感を示した松本論が読み応えがある。
 例えば松本は、推理小説界の「本格派」という言葉を貶(おとし)め、巧妙な言い回しで江戸川乱歩を「完膚なきまでに否定」した。著者はさらに純文学の川端康成『伊豆の踊子』に対抗する『天城越え』を取り上げ、「一高生の私」に「鍛冶(かじ)屋の倅(せがれ)」を対置したと説く。こうした点を挙げて「差別的独善的側面を鋭く衝(つ)いた」というのである。松本は江藤淳へも容赦ない。世阿弥論をめぐる批判は、執拗(しつよう)さの一例だ。文壇や純文学批判に松本の怨念が宿っているということであろう。
 水上は私小説から出発して、10年の雌伏期間の後、松本の推理小説に刺激を受け、松本と並ぶ作家になるのだが、やがて私小説に回帰する。『寺泊』は日本型私小説の到達点だと著者は見る。
 松本は推理小説と別に歴史物のノンフィクションを書き、その面でも一つの世界を作る。水上も私小説の傍らルポルタージュや評伝を書き、作品の幅を広げる。やがて評伝に自らの到達点を見出(みいだ)したというのである。
 本書は二人の作家に関心を持つ者に多くの刺激を与える。豊かな経済社会での作家と作品の歴史的考察が必要となる。
    ◇
ふじい・ひでただ 1950年生まれ。立教大名誉教授(近現代日本文学・文化)。著書に『「東京文学散歩」を歩く』など。