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敵・味方の分断、至るところで 危機感に満ちた言葉が飛び交った2025年の論壇

「財務省解体」と書かれた紙を掲げるデモの参加者ら=3月14日、東京・霞が関

 アメリカの右派活動家のチャーリー・カークが9月、暗殺された。容疑者はすぐに捕まった。一部報道では、容疑者について家族が捜査当局にこう語ったという。「近年ますます政治的になっていた」

 政治的になった結果として殺人が起きた、と単純には言えない。だが、この事件に触れた時、ナチスにも協力した思想家、カール・シュミットを思い出した。彼は、政治的なものの本質を「味方と敵」の区別に見いだした。

 この1年、味方と敵の分断を何度感じたことだろう。

 はじまりは、1月に再び発足したアメリカのトランプ政権だった。思想史家の会田弘継はかねて、トランプ現象は「原因」ではなく、民主主義が壊れた「結果」だと言ってきた。返り咲きは必然だったのだろう。

 春先に来日した保守派論客のオレン・キャスは、トランプ政権が中間層の立て直しと製造業の再興を目指し、関税政策は手段だと語った。興味深いことに、トランプはあくまで破壊者で、「未来に向けて何かを構築」する人間は別だと指摘した。候補の一人にバンス副大統領の名前をあげた(Voice6月号)。

 米政治思想史の井上弘貴はバンスの思想を探った。以前はトランプの敵だったが、労働者を守り、イノベーターを支援することで、アメリカは勝利できると考えるようになった。その観点から関税戦争も移民規制も正当化されるという(世界6月号)。

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 かつてのアメリカは、もう戻ってこないだろう。それでも、欧州などの「西側」は味方につなぎとめる努力を続けた。NATO(北大西洋条約機構)トップが防衛費負担を巡ってトランプ氏に「欧州は費用をたくさん払う。そうあるべきで、あなたの勝利だ」とメッセージを送り、こびへつらいだと批判も受けた。

 一方で国際政治学の岩間陽子は、中期的に欧州は自立の道を進むと見通す。すぐには難しい。だが、アメリカと価値を共有できなくなったいま、対米デリスキング(脱リスク)の必要性は広く共有されているという(外交3・4月号)。先日発表されたアメリカの安保戦略では、欧州は文明の消滅に直面しているとこき下ろされた。欧州のデリスキングは今後加速するのだろう。

 ロシアの侵略を受けるウクライナは、国の存亡をかけて、アメリカと向き合う。

 ノンフィクション作家の高木徹は「PR戦」を分析した。ウクライナは各国から支援を引き出すために米PR会社と手を組んだ。例えば、ゼレンスキー大統領の各国議会でのスピーチ内に「原発事故」「チャーチル」といった国ごとに響く言葉を使い分けたという(文芸春秋10月号)。ただ、トランプ政権には、「真珠湾攻撃」を例に民主主義や自由を守る大切さを訴えても響かない。高木は、新たなPR戦略が必要と説く。

 存立危機事態が議論されている日本の安全保障も日米同盟が前提だ。しかし、アメリカは本当に味方なのか。

 安倍政権で初代国家安全保障局長を務めた谷内正太郎は7月、日経新聞のインタビューで「惰性で日米同盟を続けるな」と警鐘を鳴らした。自由貿易の維持を唱える中国に日本が近づき、アメリカを見捨てることもあり得る。そう思わせるくらいの自律的な姿勢が必要だと説く。日米同盟の重要性を誰より深く理解している谷内の言葉は、重い。

 パレスチナ・ガザ地区での紛争は10月、ようやく停戦となった。しかし、対立は根深く、いまでも犠牲者は増えている。歴史社会学の鶴見太郎は鈴木啓之との対談で、解決の前提として、キリスト教・文明VSイスラム教・野蛮という世界観の「解除」が必要だと話す(中央公論10月号)。文明国である我々と野蛮な敵といった認識が、暴走するイスラエルへの非難を鈍くさせた面はあるだろう。
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 日本でも敵・味方の対立は深まった。敵として標的にされた一つが、財務省だった。解体を叫ぶ数千人規模のデモは常軌を逸して見えた。だが、メディア社会学の伊藤昌亮は「取り残されてしまった人々」の訴えだとみた。市民運動や労働運動からこぼれ落ちた層をいかに包摂するかが問われるとした(世界7月号)。

 7月の参議院選で、参政党が躍進した。インバウンドや労働力として歓迎された外国人が、急速に敵視されるようになっている。国際難民法学の橋本直子は、人々の不安に向き合わなかった結果だと考える。事実に基づく説明と必要な共生政策を怠ってきたと指摘した(世界9月号)。

 伊藤も橋本も、強調するのは「自省」だろう。だが、自省している間にも状況は悪化しているように見える。

 政治学者の松本彩花は9月に「独裁と喝采」を刊行した。冒頭に触れたシュミットは民主主義を「人民が一人の指導者に対して喝采する」ものと捉えていたという。それはもう独裁と変わりがない。失言も失政も意に介さず、ひたすら指導者を仰ぎみる人びとは、確実に増えている。

 議会やメディア、そして論壇も、敵・味方の争いを和らげる「制度」だった。修復を急がないといけない。喝采だけが響き渡る世界を生まないために。=敬称略(田島知樹)

私の3点

■谷口将紀 東京大教授(政治学)
(1)内田由紀子「開かれた協調性という希望」(Voice10月号)
(2)安藤馨「『日本人ファースト』を法哲学で考える 福祉国家を支える論理と倫理」(中央公論11月号)
(3)森本あんり「人はなぜ真実に生きたいと思うのか」(世界1月号)
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 日本も世界も厳しい出来事が続いたが、少しでも前向きになれる3点を。(1)は協調性を基盤に独立性が重なる日本人の心を描き、開かれた協調性を説く。(2)は再配分の失敗を参政党躍進の背景と捉え、ナショナリズムをリベラルな民主政のもとに取り戻す必要を強調。(3)は最後の2文に込められた人間への温かな眼差(まなざ)しが光る。

■庄司香 学習院大教授(米国政治)
(1)カレン・ヤーヒ=ミロ「揺るがされたアメリカへの信頼」(フォーリン・アフェアーズ・リポート11月号)
(2)鶴岡路人「たかが電話、されど電話のトランプ時代」(中央公論1月号)
(3)ヘンリー・ファレル、エイブラハム・ニューマン「兵器化された相互依存」(フォーリン・アフェアーズ・リポート12月号)
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 アメリカ・ファーストをうたう第2次トランプ政権に世界が翻弄(ほんろう)された1年だった。(1)は、予測不能な言動が破壊した米国への信頼はトランプ後も回復できないと指摘する。(2)は、トランプとやり取りするコツ(と屈辱)を描く秀逸な時評。(3)は、国家間の密な相互依存が相手国に行動を強制するために利用される不安定な時代の到来に警鐘を鳴らす。

■鈴木彩加 筑波大准教授(社会学・女性学)
(1)横山百合子「吉原と日本人 性の尊厳にたどり着くまで」(世界8月号)
(2)永野三智「水俣の女性たちの、性と生殖にまつわる話」(エトセトラ秋冬号)
(3)植松青児「複数の『ノーモア・ヒロシマ』へ 提灯(ちょうちん)奉迎が再現された街から」(地平9月号)
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 戦後80年をはじめ、いくつもの周年が重なった2025年。正史や集合的記憶の裏に潜む暴力と人間の尊厳が、改めて問い直された一年だった。(1)は「文化」として語られてきた吉原の背後にある支配構造を暴き、(2)は公害史・運動史の陰で沈黙を強いられてきた女性の身体と性を描く。(3)は被害の記憶に回収されがちな広島を、加害を含む歴史として捉え直そうとする。=朝日新聞2025年12月24日掲載