ISBN: 9784791777594
発売⽇: 2025/12/25
サイズ: 13.2×19cm/384p
『どうしてそうする「べき」といえるのか』 [著]鴻浩介
哲学は往々にして複数の問題が絡みあい、それに対していくつもの答えが試みられ、さながら迷宮のようになっている。本書もまたそんな迷宮に分け入ってゆく。だが、これまでの哲学者たちも手こずってきたこの迷宮に、著者は太い道筋を描き、必要な枝道を丹念に探り、本書のゴールにとってさしあたり必要ない枝道は刈り込んで見せる。こうして本書は明快さと緻密(ちみつ)さを確保している。
私たちはさまざまな「そうでなければならない」「そうであってはならない」という規範に囲まれている。そうした規範を表現する言葉が「べき」である。しかし、例えば太陽は東から昇る「べき」だから毎朝東から昇っているわけではない。「べき」はどこにあるのか。「べき」の正体は何か。迷宮の扉が開く。
鴻さんはここで「実践性と客観性のジレンマ」という問題を立て、進む方向を見定める。一方では、人を行動に向かわせる力と無関係に規範が成り立つわけはないと思われる(実践性の直観)。他方、人が従うかどうかとは無関係に規範は成り立っているとも思われる(客観性の直観)。私たちはどちらの直観ももっているのだが、一方は規範を行動と結びつけ、もう一方は規範と行動を切り離すため、このままでは両立しない。錯綜(さくそう)した問題状況をまずこのように捉え、このジレンマの解決をゴールに定める。そして独自の解決案をめざす。
「べき」には二種類ある。この洞察が鍵となる。例えばあなたに「障害者には席を譲るべきだ」と言うとき、これは「何を為(な)すべきか」という規範であり、行動を規制する効力をもつことによって成立している。つまり、これが実践性の直観につながる。それに対して、「障害者が困らない社会であるべきだ」と言うとき、これは「ものごとはどうあるべきか」という規範であり、人々の行動とは別に成立しうる。これが、客観性の直観を支えている。二種類の「べき」はしばしば合わさって現われ、見分けが難しい場合もある。それを解きほぐして、ジレンマの解決がはかられる。さらにそこから、議論が錯綜する「べき」の迷宮に対しても、見通しのよい展望を開いてみせる。
哲学の本を読むときはいつも、一回目は理解するためにできるだけ好意的に読むことにしている。それでも納得できないものも多いが、本書には大きな説得力を感じた。しかし哲学は一度読めばそれでよいというものではなく、二回目以降は批判的に読む。そこからが勝負である。一読して本を閉じ、私は勝負を挑まれた気持ちになった。
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びしゃご・こうすけ 1986年生まれ。東京大大学院で博士号(文学)を取得。同大学院教務補佐員、千葉工業大ほか非常勤講師。専門は分析哲学。訳書にボルトロッティ『現代哲学のキーコンセプト 非合理性』。