ISBN: 9784763422064
発売⽇: 2025/12/22
サイズ: 2.1×18.8cm/440p
「クィアな時間と場所で」 [著]ジャック・ハルバスタム
あたかも「引き延ばされた青春」を生きるかのように、独身でアニメやアイドルを追いかけ続ける人は昔より増えている。こうした現象と、20世紀末に米国の田舎町でリンチされレイプされて殺されたトランスジェンダー男性、ブランドンの事件とをつなぐ糸はあるか。本書を読むと朧(おぼろ)げにそれが見える気がする(ただし誤解のないように断っておくと、2005年に出版された本の翻訳である本書には日本のアニメやアイドルの話題は一切ない)。
著者は、思春期を脱して大人になり、伴侶を見つけて子育てをするような典型的なライフコースから外れた時間や場所の用い方の総体を「クィアな時間」「クィアな空間」と呼ぶ。その上で、とりわけ性別越境的(トランスジェンダー的)な美学を孕(はら)むアートやサブカルチャー活動の中に、従来の規範とは異なる時間や空間の過ごし方、生き様の語りとその意義を見出(みいだ)していく。画期的な視点であった。
ただし本書は読みやすくはない。英米のサブカルチャーやLGBTQシーンに関連する情報が多数引用される上、当時と今との時差を考慮して読むことが求められるからだ。だが、それでも本書を紹介するのは、そのメッセージは今でこそ伝わりやすく、かつ切実さを増しているからである。
たとえば、ブランドンの事件を扱った映画は、1999年から各地で上映されたが、「レズビアンが殺された事件」のごとき演出がなされ、彼が男性として生きた事実は充分に尊重されなかった。また、犯人が同時にアフリカ系アメリカ人男性を殺害していたことは注目されなかった。
本書はこうした、多数派による無自覚な記憶の抹消・改ざんや、それを引き起こす情動の仕組みを分析する。同時に、それに抗(あらが)う表現の可能性や記録・継承の重要性も理解させてくれる。白人至上主義とトランス排除に揺れる今の米国を理解する上でも示唆的である。
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Jack Halberstam 1961年生まれ。コロンビア大教授。著書に『失敗のクィアアート 反乱するアニメーション』など。