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「塩政・関税・国家」書評 制度・運用・取引の複合的な秩序

評者: 中澤達哉 / 朝⽇新聞掲載:2026年01月31日
塩政・関税・国家―近代中国の徴税と社会― 著者:岡本 隆司 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:歴史・地理

ISBN: 9784815812072
発売⽇: 2025/10/10
サイズ: 15.7×21.7cm/456p

「塩政・関税・国家」 [著]岡本隆司

 分野が違っても読みたいと思う本がある。理解できるか心許(こころもと)ないけれども、読んでみたいと思う作者がいる。読書好きの人は共感してくれるに違いない。私は西洋史が専門だが、この著者の本が出たら、専門外の中国史でも必ず読んでいる。
 私にとって著者の最初の本は『宗主権の世界史』(名古屋大学出版会、2014年)。アジアには存在しない西洋由来の支配概念「宗主権」を軸に、清朝の近代を見事に解剖。清朝は宗主権を「朝貢体制」や「天下」などの中国の伝統的な世界観と結びつけ、独自に受容しようとした。西洋の概念を導入する際、単なる輸入でない翻訳がどのような役割を果たして、アジア近代にいかに影響したのか。清朝の主体性が西洋との位相の中で浮き彫りとなるのだ。なんと中毒性のある語りだろう。私も東欧から西欧をそう捉えてきたので、その論理展開に共感してしまったのである。
 西洋の概念はアジアには当てはまらないと、のっけから拒否するのではなく、その懐に入って内から批判するスタイルは、本著でも確固と実践されている。今回の対象は「塩政」。これは、唐代から千年以上続いた塩取引の統制と流通課税を指す。重要なのは、取引には徴税や統制が組み込まれていたという事実。塩政とはまさしく制度と運用と取引の複合だ。筆者は、この伝統的な塩政と、中国が西洋と接触した清末以降の関税・海関制度との並行的な展開に関心を注ぐ。検証の末、19世紀にも取引と徴税の一体的な持続を確認。こうして、統制しながら流通を促し徴税をも行う塩政を、国家による「専売」や「独占」といった西洋発の認識では到底捉えきれないと結論する。
 なにより著者は、この取引のあり方こそ、信用を含む中国社会の秩序を形作ったのだという。まさに本書は、塩政を通じて今に繫(つな)がる中国社会の深層に光を当てたのだ。現代中国の基層を知る鍵がここにあるといえる。
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おかもと・たかし 1965年生まれ。早稲田大教授(東洋史・近代アジア史)。著書に『属国と自主のあいだ』『中国の誕生』など。