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「破壊系資本主義」書評 世界を崩す治外法権的「ゾーン」

評者: 高谷幸 / 朝⽇新聞掲載:2026年02月21日
破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち 著者:クィン・スロボディアン 出版社:みすず書房 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784622098300
発売⽇: 2026/01/19
サイズ: 19.4×2.1cm/360p

「破壊系資本主義」 [著]クィン・スロボディアン

 「破壊系資本主義」とは、著者の用語だが、経済特区のように国家内部に一種の治外法権的な「ゾーン」を設けることで、国民国家を異なる法域をもつ複数の空間へと切り刻んでいく思想と実践を意味する。ゾーンでは、様々な規制が除外され、また課税権も留保されていることが多く、企業は民主的統治から逃れて自由に活動できる。
 著者は、こうしたゾーンの原型を香港に見出(みいだ)す。十九世紀末、英国が武力で奪い、租借した香港は、中国が主権を握りつつも、条約により強国への低関税を強いられた。その後、共産主義化した中国から多くの人が逃れてきて、世界市場向けの製造拠点、さらにはアジアの金融センターへと急速に変貌(へんぼう)していった。
 一九七〇年代末、この地を訪れたのがネオリベラリズムの代表的論者、経済学者のミルトン・フリードマンである。当時、石油危機後の不況の下、福祉国家の重圧に喘(あえ)いでいた欧米諸国とは対照的に、目覚ましい経済成長を遂げていた香港。彼は、その駆動要因として民主主義の不在に着目した。普通選挙がなく、株式会社のような運営方式をとる香港は、経済的自由を追求するのに最適な場とみえた。
 その後、この香港は「持ち運び可能」なテンプレとして、自由主義化を進める中国や宗主国の英国に取り入れられた。また冷戦終結後の九〇年代には、輸出加工区、タックスヘイブンなど様々な形態を取りながら、世界各地で急速に増加していった。現在、世界には五四〇〇カ所を超すゾーンがあるという。
 さらに著者は、この破壊系資本主義が、現代アメリカ政治で強い影響力をもつテック右派などの政治的右派や世界各地の権威主義的政治体制にも取り入れられてきたことを論じる。ゾーンに着目し、ネオリベラリズムから権威主義への展開に民主主義なき資本主義の一条を見出す本書は、現代社会の危機を新しい角度から照射する。
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Quinn Slobodian 1978年、カナダ生まれ。歴史学者、ボストン大教授(ドイツ史、国際関係史)。著書に『グローバリスト』。
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松島聖子訳