雪中行軍の帰宅、まぶたに 青来有一
軒先で大きな餅のようにふくらんだ雪。今にも屋根から落ちてきそうな北国の大雪のニュースを見て、ベランダから街をながめました。もちろん、雪などありません。空は晴れ、山々の稜線(りょうせん)もくっきりと見えました。一年に数度、雪化粧をするか、積もって数センチ程度の土地ですから、雪かきから一日が始まる北国の雪の暮らしの厳しさは正直、想像もできません。
ただ、雪に困惑した記憶ならいくつか思い出すことがありました。
元々雪が少ない土地なので、わずかな積雪でも交通機関の混乱はひどく、高台や斜面地が多いせいか、場所によっては雪が吹き溜(だ)まったり、いつまでも溶け残るということもあります。
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両親といっしょに暮らしていた頃の高台の家がそうでした。灌木(かんぼく)が繁(しげ)った低い山を造成した団地で、全国どこにでもある郊外の住宅街でしたが、時々、「山の気」といったものを感じることがありました。
夏など中心部の市街地ではなにもなかったのに、家に帰りつくとあたりの道路が濡(ぬ)れて黒っぽくなり、激しい夕立があったようでした。バスで帰ってくる途中、青空が見えていて、不思議に感じるといった経験は何度かありました。
冬は底冷えがして、わずかな雪が降っただけで、わが家の玄関前の道路ばかりに妙に雪が吹き溜まるのも奇妙でした。その道路は団地の北西の斜面を下っていきますが、途中、犬がまっすぐ登らないと言われた急坂があり、その路面は冷たい風が吹きつけるのか、すぐに凍結して滑りやすくなります。
雪の朝、ゴム長を履いて、手袋をして、フェンスにしがみついてなんとか坂を下ったら、平地に雪はほとんどありません。友人から格好がおおげさと笑われたこともあります。
そんな日は屋根に、冗談のように雪を積んだまま走るクルマも見かけることがあり、雪深い山奥からはるばる走ってきた印象でしたが、わが家のような山の気が残る近隣の高台から下りてきたのかもしれません。
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長崎でも珍しい十数年ぶりの大雪の日は大変でした。昼前から降った雪が、夕方には十数センチ積もり、バスは渋滞。2時間ほど過ぎてバスを降り、雪の中を1時間ほど歩いたことがありました。
路面が凍結した急坂では、立ち往生したクルマが坂道の途中で乗り捨てられていて、急坂を這(は)ってなんとか登り、わが家の玄関前の道路にたどりついたら、雪が吹き溜まり、これが思いのほか深い。膝下(ひざした)ぐらいまである雪をなんとか雪中行軍のようにかきわけて進みました。後日、友人に話したら、おおげさだとやはり笑われましたが、ウソではありません。
その日、雪は夜になってもさらに降り続き、翌朝、「どすん」と大きな音がして目覚めました。父といっしょにあわてて音がした駐車場を調べたら、クルマの雨除(よ)けの片側カーポートの支柱が傾き、その屋根全体が家の壁面にもたれかかっています。
片側だけで支えるカーポートは積雪に弱く、豪雪地帯では補助柱をもうけたり、積雪対応の支柱の強度が強いものを使用するそうです。
カーポートの屋根の雪の重みは想像以上だったのでしょう。奇妙なのは、家の屋根には雪がほとんどなくて、軒下に落ちていたことでした。
どうやら、屋根瓦の表面がすべりやすく、朝方、気温が上昇すると屋根の雪はなし崩しにすべり落ち、カーポートの屋根にもどっとかたまって落ち、積もっていた雪に加わり、さらに重くなったようです。
長く暮らしていると北国ほどではなくても、大雪の経験は幾度かありました。南国だから雪は降らないという思い込みで、そんな記憶も埋もれていたようです。=朝日新聞2026年3月2日掲載