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のんびり無防備「路地ネコ」 青来有一

イラスト・竹田明日香

 キジネコがコンクリート塀の上に丸まって眠っていました。庭木の梅の枝葉にもたれるようにして、柔らかい日を浴び心地よさそうにうとうととしています。近づくとキウイの切断面のような緑の目をゆっくり見開いて、次の瞬間、身をひるがえして、塀の向こうに逃げていきました。庭木がよく整えられた切り妻屋根の木造二階建ての家で、ネコはたぶんその家の飼いネコでしょう。

 マンションなどのビルが多い街角でも、裏通りではネコの姿はわりと見かけます。エアコンの室外機の上や駐車場の奥などによく丸まっています。首輪をしているので飼い猫だと思いますが、警戒心が強く、近づくだけでさっと逃げていきます。たまに戯れてくる愛嬌がいい猫は空腹か、無邪気な仔猫ぐらいで、街角で出会うネコはだいたい警戒心が強くすぐ逃げていきます。

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 わが家の寺の近くでもネコの姿をよく見かけます。家々が密集した斜面地に狭い路地が縫うようにつながっている古い地域で、クルマが侵入してこないせいか、路地の真ん中にネコが長々と寝そべり、時には数匹が点々と眠りこんでいることもあります。人間が通ってもネコたちは眼も開けません。

 ネコを起こさないため、高価な服の袖を切ったという昔の中国の高官の逸話がありますが、ネコ好きでなくてもなんとなくその心情がわかります。あまりに完全無防備な、その「眠りっぷり」に圧倒されて、なんとなくじゃまをしてはいけないといった気になるのでしょう。

 さすがにネコも人間の気配に気づいて、眼を開けますが、飛び起きて逃げたりはしません。眠りを妨げるものはだれだといった物憂そうな、迷惑そうな感じでながめ、しゃがみこみ頭や喉を撫でてみると、ごろりと寝返って大の字になり、どうやら腹を撫でてほしいようです。

 その大胆といっていいぐらいの無防備さ、世の中のすべてが自分を愛していると信じて疑うことのない態度はどこからでてくるのでしょうか。

 人間が近づくたびに身構え、「けっ!」と吐き捨てるような感じで姿を消す「街角ネコ」と、大らかすぎる「路地ネコ」の行動のちがいはなんなのか。どちらも飼い猫にはちがいなく、キジネコとか三毛などの日本猫で、持って生まれた性質にそれほど違いはないはずであり、以前からなんとはなしに気になってはいました。

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 狭い路地が入り組んだ地域全体の雰囲気が、なわばりのような安心感をあたえるとか、隣近所が近い人々の関係のあり方が影響しているとか考えられますが、どれも臆測、なんの根拠もなく、「街角ネコ」と「路地ネコ」といっても、自分が感じるだけで実態はないようにも思えます。

 ただ、自分がネコに生まれるとしたらどちらがいいかと問われたら、やはり「路地ネコ」がいいと答えそうなのは、自分もまたどこかで身構え、警戒をゆるめることなく強ばって生きているからかもしれません。=朝日新聞2026年4月22日掲載