都会「箱の男」(第10回) 箱に隠された家族の闇は
先日、飛行機に乗ったら久しぶりにしこたま酔った。元々乗り物に弱く、新大阪ー東京間ののぞみでも毎回うっすら酔っている。酔い慣れているので少々気分が悪くなっても気にしないのだけれど、今回はやばかった。
原因はわかっている。調子に乗って機内でYouTubeの動画を見ていたからだ。それも狩野英考の「バイオハザード」新作実況動画を。ゾンビが徘徊する療養所で慌てふためき右往左往するエイコーちゃんのプレイに、わたしの脆弱な三半規管が「YOU ARE DEAD」状態。平地で視聴していてもくらっとすることがあるコンテンツを、空の上で楽しめると思った自分が愚かだった。ものの15分くらいでiPadを閉じ、その後はひたすら音楽を聴きながら忍耐の1時間を過ごした。目を閉じると細かな揺れまで感じ取ってしまうし、開けたら開けたで飛行機という閉鎖空間の人口密度と閉塞感に息苦しくなる。地面を歩きてえ! 新鮮な空気を吸いてえ!
それでも、コロナ前まではちまちま貯めたマイルで特典ビジネスの座席をもぎ取り、2年に一度くらいは海外にも渡っていたけれど、今はもうつらいが勝つ。睡眠導入剤や酔い止めもさほど効き目を感じないし、長時間フライトの際は酒も機内食もいらないから麻酔で眠らせてほしい。真剣に。
狭苦しい空間自体は嫌いじゃない。押入れとか、トイレとか、コックピット感のあるコワーキングスペースも落ち着く。でもそこから「移動の自由」が一時的にでも奪われた瞬間、たまらない不安と恐怖を覚える。なので、子どもの頃から隠れんぼも苦手だった。
この「箱の男」(都会/白泉社)のような境遇に置かれてしまった時、自分だったらどうなってしまうんだろう。
「箱に入った男の死体が発見された」――そんなニュースから物語は始まり、そして巻き戻る。主人公の由美子が、幼稚園で描いた「かぞくのえ」で先生を戦慄させてしまう場面へと。箱に空いた黒い穴と、そこからにゅっと伸びた腕。「パパだよ!」と無邪気に言う由美子。ホラー好きとしてはここでもう掴まれた。子どもが描いた拙くも恐ろしい絵はホラーの小道具としては定石だからだ。きっと何かの暗示や象徴に違いない……と読み進めていくと、由美子の描いたとおりの「パパ」が登場する。リビングに設置された大きな箱の中から腕だけを伸ばし、食事を取るパパ。ぐっと親指を立てて感情を表すパパ。由美子の頭を撫でるパパ。穏やかでやさしいパパと、同じようにやさしいママ。
何だこの家は。わけがわからないままどんどん読まされる。「パパが箱の中で生活している」ということ以外はほのぼのとした一家で、由美子が「どうしてうちは旅行に行けないの? パパが箱の中にいるから?」と泣いて訴えるシーンなどは思わず笑ってしまった。そうだよ。恐怖と笑いは紙一重と言うけれど、よくできたシュールなコントを見ている気分にもなる。そして、笑ってしまった心の緩みにすっと差し込まれる違和感にぞっとする。
パパはなぜ箱の中にいるのか? ママはなぜそれを日常として受け入れているのか?
その違和感は、やがて成長していく由美子にも否応なしに芽生え、箱を抱えた家族の秘密が明らかになっていく。時系列の並べ方や伏線、絶妙のミスリーディングなど、ストーリーテリングが非常に巧みで、連載中から毎回「次は? 次は?」と更新が待ち遠しかった。そしてあのラストシーン。どう受け止めればいいのか、今も胸がざわついたままだ。
家庭そのものが、ひとつの箱だと思う。閉ざされてしまえば他人には開けることも中を伺うことも容易にはできず、それがゆえの痛ましいできごと、取り返しがつかない過ちは「事件」としてこぼれ出る。わたしが入っている箱も、誰かが覗けばぎょっとするようないびつさを孕んでいるのかもしれない。いびつさの中の幸福は誰とも分かち合えないから、心の箱にそっとしまう。大切なものは、外に出さない。