【一穂ミチお薦め】友情を考える漫画特集 それぞれの人生、かけがえのない人間ドラマ
新年度もあっという間に1カ月が過ぎもう5月……というのはあくまでもわたしの体感に過ぎず、まだ5月かとうんざりしていたり、GWだけが一瞬で終わってしまったと絶望していたり、きっと十人十色の初夏でしょう。
学生の頃は、5月って何となくひと息つけるタイミングだった。新しいクラスにも慣れ、クラスメイトの顔と名前が一致するようになり、何より、新しい友達がちゃんとできて連休に遊びの約束なんかしちゃったりして、この1年はぼっちを回避できそう、と胸を撫で下ろす。
コミュ障の小心者にとって、友達ができるか否かはけっこう重要な問題だった。それも、体育の授業でペアを組む時、実験でグループに分かれる時、修学旅行の自由行動の時、自分を「裏切らない」友達。心の深いところまで打ち明けられる相手かどうかなんてひと月で見極められるはずもないので、新年度の初手でできる「とりあえずの友達」と慎重に距離感を測る。楽しいけど疲れる、手探りの時期だった。
大人になり、あんなふうに切実な「誰か隣にいてください」という感覚とは縁遠くなり、ただ春になると、遠い岸辺を眺めているような懐かしさと、わずかな感傷が胸のふちに滲む。
というわけで、今回は友情に思いを馳せる3冊です。
まず、『友達だった人 絹田みや作品集』(絹田みや著・光文社)から。
今はXになってしまったツイッターで、ゆるく繋がっていた相手の葬儀に参列する……現代に起こりそうな絶妙のシチュエーションだ。2000年代にはネットで交流している友人を指す「オン友」といった呼称があったと記憶しているが、今は「リア友」、つまり対面で交流している友人の方に注釈がつく。顔も本名も知らず、趣味や悩みを語り合ったこともない、つれづれなる淡い交流の中にも、確かに積み重ねた年月と、互いの体温が存在した。
短いテキストと「いいね」ボタンのやり取りのだけで育まれた関係の尊さが、皮肉にも死という別離によって鮮やかに立ち現れてくる。さりげなくてかけがえのない人間ドラマが、誰の人生にも存在する。そしてふとした瞬間に輝き、わたしたちの生を照らしてくれる。作者がそっと差し出すちいさな発見や希望は、しんどい時にだけ食べるとっておきのお菓子や、時折眺めて楽しむ香水びんのような人生の栄養だと思う。
2冊目は『帰りに牛乳買ってきて 女ふたり暮らし、ただいま20年目』(はらだ有彩著・柏書房)。
大学時代からの友人とのルームシェア生活を描いたコミックエッセイで、飾らない描写にふふっと笑ったりいいなあと和んだり、わかるわかると頷いたり、とにかく誇張のない「日常」がいい。気の合う友達と暮らすことに、中高生時代は特に憧れていたように思う。親に気兼ねせず、帰りの時間や電話代を気にせず、好きなだけおしゃべりをしてテレビを見て、一緒においしいものを食べる……。今こうして書いていたって、なんて魅力的なことだろう。生活の呼吸を合わせて傍にいられる友人は、人生の伴侶と同じくらい貴重な存在だ。結婚するならするでよし、しないならしないで、こんなライフスタイルだって選べる。人生は決して「結婚orひとりぼっち」の二者択一じゃあない。世界情勢が極めて不安定な今、こんなほのぼのとつつましい毎日こそが得難い宝物なのだとしみじみ感じる。
3冊目は『心霊写真密売マニュアル』①(池袋万里著・KADOKAWA)。
不思議なものを愛する中学2年生・山川マモルは、クラスメイトの海野ユズルが「写真を撮ると必ず霊が写ってしまう」特異体質(?)であることを知り、ふたりで心霊写真の転売を目論むが、怪しげな自称「心霊写真バイヤー」に目をつけられてしまう。ユズルは家庭内で痛ましい抑圧を受けていて、脱出するための資金が欲しい。マモルは、そんなユズルの力になろうと、危険な心霊写真売買の世界に足を踏み入れていく……。陰影が効いたスタイリッシュな画面と、シュールな読み味がクセになる。
出てくる大人は大抵うさんくさく、怪奇現象はコミカルでいて恐ろしく、デスゲームの主宰者っぽい不穏な女も出てきて、物語がどう転がっていくのか正直見当もつかない。今後何らかの組織に立ち向かうのか、マモルは立派な心霊写真を撮れるのか、ユズルは救われるのか。
「一緒に始めたことだ」
「一緒に行くしかないんだよ」
ふたりの友情に幸あれ、と願いつつ続きを待っている。