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トマトスープ「奸臣スムバト」 異国の世界観にどっぷり浸れる唯一無二の画風 (第11回)

『奸臣スムバト』©トマトスープ/新書館

 以前、「古代ジョージアの製法でワインを作る」という趣旨のnoteを読んだことがある。古代ゆえに製法といっても「葡萄の搾り汁を放置する」しかないのだけれど、文章がとにかく素敵で、都会で働く疲れた勤め人の帰宅を、ほんのり発酵したワインの香りが出迎える描写に心惹かれたのを覚えている(※個人でアルコールを何やかんやされる場合は必ず酒税法をご確認ください)。
 ジョージアといえばトルコの近く、ワイン発祥の地と言われ、「シュクメルリ」というシチューっぽいものがうまいらしくたまにバズる。わたしのジョージアに関する知識はその程度しかない。あ、あと、今年のミラノ五輪でフィギュアスケート・ペアの銀メダルに輝いていた。ブルーの衣装が美しかった。ジョージアでは冬季五輪初のメダルということで、おめでとうございます……本当にもう、知っていることがない。

 

『奸臣スムバト』©トマトスープ/新書館

 ジョージアの地理も歴史も文化も知らない無学の徒にも、漫画は広く門戸を開いてくれている。この夏、「天幕のジャードゥーガル」のアニメ化を控えるトマトスープの「奸臣スムバト」①(新書館)だ。わたしはもうジャードゥーガルのアニメが楽しみで楽しみでこれからの高温多湿にも耐えていく所存だけれど、こちらはすでに数々の漫画賞に輝いているので「すごいから読んでください」と記すにとどめたい。
 そして「奸臣スムバト」もまだ1巻しか出ていないのにわくわくさせてくれる。舞台は13世紀のジョージア王国。スムバトと呼ばれる青年が、兄からいきなり「寝返るぞ モンゴルに」と言われ、笑顔で「うん いいね」と応じる場面から始まる。確かにタイトルで「奸臣(=悪心を抱く家臣)」って言っちゃってるけど、でも何で……?

「僕らは何てことない田舎貴族」
「領地といえば葡萄とアプリコットの畑それから険しい岩山」

 ジョージア王国の地方領主として、山に囲まれた土地を治めるオルベリアン家。その次男坊に生まれたスムバトが、突然の父の死をきっかけに自らの家系のルーツに触れることになる。
 自分たちは何者で、何をなすべきなのか?

「僕 もっと勉強する」
「自分で決めるにはまだ知らないことが多すぎるから」

 得た知識と見聞は人生の武器にも指針にもなりうる。そして、自分の道は自分で切り拓かねばならない。「ジャードゥーガル」にも共通して描かれているこれらの強い信念は、スマホひとつで情報や選択肢を検索できる21世紀のわたしの、緩んだ背中をすっと正してくれる。絵がいいんだ、また。絵本のような素朴なタッチで、喜怒哀楽の機微を見事に表現してみせる唯一無二の画風だと思う。シンプルな線ながら服装や小物まできちんと描き込まれているため、異国の世界観にどっぷり浸ることができる。
 ユーラシア大陸の覇権を握っていたタタール――モンゴル帝国がジョージアの王都に迫る。そしてスムバトは冒頭の裏切りへ。でも彼をめぐるドラマは始まったばかり。美貌のポンコツ女王、野心に燃える宰相の妻、恋に恋するペルシアの詩人、そしてモンゴルサイドの思惑……土地と歴史が織りなす壮大なタペストリーはどんな模様になるんだろう。すごいから読んでください。結局これ。

『奸臣スムバト』©トマトスープ/新書館