読者は一家と共に「うろおぼえ」の謎を解く
――くらしよいまちに住むアヒルの一家は、揃いも揃って「うろおぼえ」。早起きしておでかけの準備万端ですが、どこに行くのか、何をしに行くのかなかなか思い出せません。「きょうはなんではやくおきたんだっけ?」「どこかにいくんだったような……」と考えています。
家族全員うろおぼえなので、どこへ何をしに行くのかすぐわからなくなっちゃうんですよね。読者も、一緒に記憶の謎を解くようにして、読み進めてくれるみたいで、シリーズがはじまってからそれがわかったときはびっくりしました。そんなふうに楽しんでもらえるのは想定していなかったので。
――「す、がついていたような……」「すし?」「すもう?」「そうだ、スーパーだ!」とやっと思い出し、一家は新しくできたスーパーへ行きますが、開店セールの行列に並んでいたら、いつの間にか船の中に……⁉
いつか一家を旅行に行かせたいと思っていたんですけど、あまりにうろおぼえなので「旅行に行ったら、帰って来られなさそうだよね」と友人に言われて。たしかに自分たちで交通機関のチケットをとったり、準備して出発したりするのが難しそうだから、勝手に連れて行ってくれて、勝手に戻って来られる旅がいいなと考えていたんです。
たとえば、ライブ会場やフェスの会場でトイレに並んでいるつもりでいたら、実は物品販売の列に並んでいたとか、ありますよね。そういうのがいいなと思って……。そうだ、港のそばにニューオープンしたスーパーの行列から、いつの間にかの船旅だ!と。それで船の旅になりました。
気づいたら……豪華客船の旅
――気づくと豪華客船の中。「あんたたちはかぞくでりょこうかい?」と犬のおばあちゃんに聞かれて「そうかもしれません!」「りょこう! わくわくするなあ!」と一家はその気になっています。
このシーズー犬のおばあちゃんがくせものなので注目してみてください。船内のプールで一家が競争するシーンは、前に私が旅行で行った北海道の「のぼりべつクマ牧場」での出来事を思い出しながら描きました。クマ以外にもいろんな動物がいて、そこでアヒルのレースがあったんです。よーい、と号令がかかって、パァン!と鳴ってゲートがガシャンと開いたとたん、アヒルが散り散りになって全然レースにならなかったのがすごく面白かったです。
――絵はどのように描いているのですか。
筆で線を描いて、アクリル絵の具で着彩しています。筆は、先が多少ボソボソと毛羽立っているのが好きで。新品だときれいな線になりすぎるので、「これはきれいだから、まだまだ」と毛羽立ち具合を育てている途中の筆がいっぱいあります。
着彩は、このシリーズはターナー(ターナー色彩株式会社)のアクリルガッシュ「和」のシリーズを使っていて、たとえばお父さんのズボンはいつも「憲法色(けんぽういろ)」という焦茶色。今作『うろおぼえ一家のおでかけ』の表紙は「紅梅色(こうばいいろ)」という桜色のようなピンクを単色で塗っています。
忘れっぽくても愉快な毎日
――毎日愉快に暮らす「うろおぼえ一家」は、今や幅広い世代の読者の人気者です。
シリーズ刊行直後から、子どもはもちろん、大人からも感想をいっぱいいただいて驚きました。歳をとると「隣の部屋に行ったけど、何を取りに行ったのか忘れちゃった」とかしょっちゅうなので、意外と大人の共感を得たのかも。認知症のお母様を介護中の方が、この絵本を読んだらお母さんが久しぶりに笑ったとか、高齢者施設で読み聞かせに使いたいと言われることもあり、そういうお話を聞くのもとても嬉しいです。
――そもそもアヒル一家はどのように誕生したのですか。
『どうぶつせけんばなし』という小さなお話集を、東京・高円寺の絵本屋さん「えほんやるすばんばんするかいしゃ」から2018年にリトルプレスとして刊行して。それを見た編集者さんから童話をつくりませんかと声をかけてもらったのですが、絵を中心にしたほうがお話のイメージが浮かびそうで、絵本をつくることにしたのがはじまりです。
その頃、家の近くを散歩していたら木のうろがあって……「うろ」……「うろおぼえ」と思いついて。それまでも描いていた小人のおじいさんがうろおぼえで……と考えたけれど、ほかの可能性も探ってみよう、ということになりました。ちょうど『名前のないことば辞典』(遊泳舎)をつくっていて、鳥を描くのが楽しいときだったんです。「鳥頭(とりあたま)」じゃないけれど、三歩歩いたら物事を忘れてしまうというし、アヒルを主人公にしようと。一羽じゃなく何羽かいた方がいいだろうと、家族のお話になりました。
――メガネをかけた賢そうなお兄ちゃんもうろおぼえ。頭にスカーフを巻きネックレスをしたおしゃれなお母さんもやっぱりうろおぼえです。
お兄ちゃんの塾のカバンから、なくしたスリッパが出てきたりね。それと、世の中のお母さんって優しくて色々お世話してくれて、きれいでちゃんとしている……みたいなイメージというか。あたたかく包んでくれるお母さんが絵本では多いから、失敗で泥まみれになるお母さんも描こう!と。『うろおぼえ一家のパーティー』では水たまりの泥にハマったお母さんを描きました。
絵本作家を目指して上京、デビューまでは10年以上
――見返しに「うろおぼえ一家のすむ、くらしよいまち」の地図があります。いつも「こふん」が描かれていますが、古墳は出口さんに身近なものなのですか。
遺跡は身近ですね。私の実家は佐賀県で、実家から車で10分くらいのところに「吉野ヶ里遺跡」があって。弥生時代の出土品が出るのは珍しくない土地でした。家を出たい気持ちが全然なかったので、福岡の大学へも1時間以上かけて実家から電車で通い、23歳くらいまでそこに住んでいました。
――東京に引っ越したのは何かきっかけがあったのですか。
大学時代、福岡の古本市で絵本の古本に出会って、面白いなあと思って絵本が気になり出し「絵本を描く人になりたい」とぼんやり思うようになりました。卒業後、アルバイト生活をしているとき、美術雑誌「みづゑ」(現在は休刊)で、絵本制作ワークショップ「あとさき塾」の記事を読んで。さらに絵本作家のグループ展を見に行ったら、あとさき塾出身の方が何人もいたので、ワークショップに申し込めば絵本作家になれると思って東京に引っ越しました。
――実際はいかがでしたか。
あとさき塾はいろんな人がいて楽しかったですが、実際はそんな簡単なストーリーではなく。デビューまで長かったです。一般書店に並ぶ絵本を描いた、いわゆる作家デビューが2016年『ポテトむらのコロッケまつり』(竹下文子/文、出口かずみ/絵、教育画劇)なので、上京からは13年くらい経ってたと思います。
高円寺の「えほんやるすばんばんするかいしゃ」には上京して割とすぐに通うようになって。本当にお金がなかったときは豆本をつくって店主の荒木さんの好意でお店で売ってもらってなんとか凌いだこともありました。展示でも長年のお付き合いです。
時を経てわかる面白さもある
――首をかしげるアヒル一家の可愛さ、クスッと笑える端々のユーモア……。出口かずみさんの作品には、暮らしの中の本質的なおかしみが滲み、それがくせになります。影響を受けた童話や漫画など何かありますか。
漫画は……あまり詳しくなくて、高校生のとき読んでいたのは『銀牙 -流れ星 銀-』(高橋よしひろ、集英社)とか。笑いのツボが近い友人から貸してもらって「犬なのに!すごい!」と群れ同士の真剣な対決シーンにも爆笑しながらめちゃくちゃ楽しんでいました。あと読んでいた漫画でいえば『ちびまる子ちゃん』。さくらももこさんの作品は大好きです。
影響かどうかわからないですけど、「えほんやるすばんばんするかいしゃ」で村山籌子(かずこ)さんの文、村山知義さん挿絵の童話集を知り、好きになりました。『リボンときつねとゴムまりと月』『あめがふってくりゃ』『川へおちたたまねぎさん』(いずれもジュラ出版局)など、大正末期から昭和初期に発表された作品を集めたものです。意地きたないやつは意地きたないままで、決してハッピーエンドばかりじゃないのに、読んで全然いやな気持ちにならない。子どもに気に入られようとする感じが全くないのと、ユーモアやウィットに富んだ文と絵、両方あって惹かれたのかなと。
今は作品によっては「3歳児にわかるように」「5歳児にわかるように描いてください」と言われることもありますが、全部わからなくてもいいんじゃないかなあという気持ちがあります。私自身も、子どものときは子どもなりに楽しみ、大人になって「そういうことか!」と意味がわかって同じ作品を味わい直したのも面白かったので。
「うろおぼえ一家」シリーズも、すぐには意味がわからないシーンもあると思いますが、長い目で楽しんでもらえたらいいなと思っています。