創作という魔物に憑かれて 小説家をめぐる怪奇幻想譚の収穫3点
山白朝子といえば、長いキャリアを誇る某人気作家の数ある変名のひとつ(ご存じない方は検索を)。怪談専門誌「幽」でデビューし、現在はその後続誌「怪と幽」で主に活躍する山白の作品には怪談やホラー系が多く、新作『スコッパーの女』(KADOKAWA)もその系統に属する。小説家にまつわる5つの奇妙なエピソードを収めた短編集だ。
たとえば「終焉を告げる小説家」では、主人公の作家が出版社主催のパーティの帰り道、同業者のLに声をかけられる。全身をアクセサリーで飾った、奇抜なファッションの青年だ。立ち寄ったバーで彼が語り始めたのは、物語の〈深さ〉を把握することができる特殊な能力について。その能力によって、彼は創作物がどのくらいの寿命を保つか、正確に判断することができるのだという。作家として生きていくには有利な能力だ。しかしほどなく思わぬ事態が出来して……。人知れぬ苦労を抱えるLの数奇な人生が浮かび上がった後、鮮やかな幕切れが訪れる。
あるいは「小説講師の憂鬱」では専門学校で小説講座を受け持っていた作家が自らの罪を告白し、「シンクロニシティ」では小説のキャラクター名が実在の人物と偶然一致したことで悲劇が巻き起こる。「青軸卿」は青軸と呼ばれるタイプのキーボードを偏愛する作家の半生を通して、創作という行為の不思議さが描かれる奇譚だ。
本書がテーマとしているのは、創作は人生にとってどんな意味を持つのか、そもそも小説とは何なのか、という問題だ。それを皮肉な形で描いたのが表題作「スコッパーの女」。スコッパーというのは小説投稿サイトの中から、まだ発見されていない才能を掘り起こす目利きのことだ。人並み外れた共感能力を持つスコッパーの大学生Cは、ある日とてつもなく醜悪で残忍な内面を備えたΩという作家を発見する。こんな作家を野放しにしていいのか。Ωの作品を読み続けるうち、Cはその強烈な世界に魅了されていく。これらの物語はもちろんフィクションだろうが、小説家の心の中では似たような事件が日々くり広げられているのかもしれない。ブラックで洒落た味わいの中に、創作者へのエールを秘めた一冊だ。
スランプや将来の不安など、小説家の悩みは尽きない。綾里けいし『夢食み探偵と眠れない小説家』(マイナビ出版)の主人公・浅岸真宵の目下の悩みは眠れないこと。なんと20日もの間、真宵は眠れていないのだ。
いっそ眠りをテーマに新作を書いては、と編集者にアドバイスされた真宵は、夢と眠りの専門家だという〈夢食み探偵〉壊夜うつつの屋敷を訪ねる。正しい眠りと穏やかな朝を取り戻すため、探偵の助手をすることになった真宵だったが、次々に奇怪な事件に巻き込まれていくのだ。
「第一夜 胡蝶の夢」では、祖母が眠ったまま目を覚まさないという女性の相談を受けて、真宵たちは古い一軒家に足を踏み入れる。そこに横たわっていた老婆は中身が空っぽで、壊夜が触れると紙風船のようにくしゃりと潰れた。このショッキングな場面から、夢と現実の境目は徐々に曖昧になり、真宵は這いまわる蟻の大群と、「あなたのようになりたい」と懇願する老婆に悩まされる。
5つのエピソードはすべて夢を扱った文学作品になぞらえられており、第二夜では夢野久作の『ドグラ・マグラ』を、第三夜では宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をそれぞれ想起させるような悪夢が真宵を包み込む。他にも文学作品の引用がちりばめられており、日本近代文学好きをにやりとさせる。
こうした趣向に加えて、大きな読みどころとなっているのがすさまじい悪夢のイメージだ。巨大な胎児、真っ赤な肉の大地を走る列車、眼球や頭部入りの風船を売る異形たち。極彩色で描かれる真宵の地獄巡りは、恐ろしいのにどこか懐かしい。
夢と現実がめまぐるしく入れ替わる物語は、それこそ「胡蝶の夢」や『ドグラ・マグラ』さながらで、最後の最後まで油断がならない。『夢食み探偵と眠れない小説家』という作品自体を仕掛けに組み込むことで、醒めない悪夢の世界を作り上げた。
国産ミステリの〈三大奇書〉と呼ばれる作品をご存じだろうか。夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』の3冊だ。ここに竹本健治『匣の中の失楽』を加え、〈四大奇書〉と称することもある。いずれもミステリというジャンルの限界を目指したような作風で、後続作家に与えた影響は計り知れない。
倉野憲比古『ナッハツェーラーの城 或いは最後の〈奇書〉』(中央公論新社)は、この奇書の伝統を明確に意識したミステリ長編。スランプに悩む作家・倉賀野影比古は、敬愛する御霊神矢の屋敷を訪ねることを思いつく。御霊とは独自の作風で知られる怪奇探偵小説家で、〈最後の奇書〉と銘打った『ナッハツェーラーの城』を完成させることなく、謎の失踪を遂げた人物だ。
御霊が暮らした〈畸幻館〉に向かう車の中で、倉賀野と同行者の間で交わされる奇書談義がまず楽しい。〈三大奇書〉という言葉のルーツから、3作それぞれの魅力まで、ミステリ好きなら思わずにんまりという会話が続く。吹雪の中、やっとの思いでたどり着いた〈畸幻館〉は、まさに奇書の書かれる舞台にふさわしい場所だった。血塗られた土地に建つ、悪魔主義の意匠に貫かれた城館。〈血塗れの伯爵夫人〉エリザベート・バートリを思わせる御霊夫人と、風変わりな三人の娘たち。じわじわと奇怪なムードが高まり、ついに殺人事件が発生する。いや、主人公が〈病院〉を抜け出してきた作家という設定からして、すでに不穏な物語ではあるのだが。
本書は奇書ミステリをめぐる物語であると同時に、奇書ミステリそのものを目指した物語でもある。その高いハードルを越えるために、作者はある仕掛けを用意している。それがどんなものかは読んでのお楽しみだが、特異な世界観を下支えする文体の力にも注目したい。世界の狂気や闇を封じ込めるかのような文章の魅力こそ、夢野久作から竹本健治までを貫く、奇書の条件ではなかっただろうか。
御霊と倉賀野、創作の魔に憑かれた二人の魂が共鳴し、想像を絶するラストを招き寄せる。著者渾身の本格ミステリならぬ変格ミステリだ。