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「日露戦争」書評 通説批判鮮やか 全体像を解明

評者: 吉田裕 / 朝⽇新聞掲載:2026年04月04日
日露戦争 (日本歴史叢書 新装版) 著者:千葉 功 出版社:吉川弘文館 ジャンル:歴史

ISBN: 9784642066716
発売⽇: 2026/02/17
サイズ: 13.5×19.5cm/294p

「日露戦争」 [著]千葉功

 日露戦争研究は、ここ20年ほどの間に急速に進んだ。しかし、その半面で研究が個別分散化し、戦争の全体像が見えにくくなったことも否定できない。本書は、最新の研究成果を踏まえながら、政治・外交・軍事・経済・社会・文化などの多様な側面から戦争の全体像の解明に取り組んだ意欲作である。論点は多岐にわたるが、とりわけ政治史・外交史の分野での通説批判が鮮やかである。
 通説によれば、開戦をめぐって政府内には、「満韓交換論」=日露協商論=避戦論と、「満韓不可分論」=日英同盟論=開戦論との対立があった。「満韓交換論」は日本による韓国支配とロシアによる満州支配を相互に承認する路線である。「満韓不可分論」は、韓国だけでなく満州にも日本の権益をなんらかの形で確保しようとする路線だ。
 これに対し本書は、「満韓交換論」にも様々なバリエーションがあることを重視し、その相違を丁寧に腑(ふ)分けしながら、「満韓交換論」から「満韓不可分論」への移行を歴史的に跡付けている。同時に日露協商論と日英同盟論は二者択一の関係にはなく、英露両国との間に「多角的同盟・協商網の構築を目指し」た動きがあったこと、避戦論とされた山県有朋や伊藤博文が韓国への先制的派兵を主張していたことなど、通説が軽視しがちな重要な論点を提示している。
 軍事史の分野では、兵士の立ち位置から戦場のリアルな現実を浮き彫りにしている点が注目される。特に「マージナルから見た日露戦争」として、アイヌや沖縄出身兵士の問題を取り上げているのが重要だろう。
 さらに、戦前・戦後における日露戦争観の変化を論じているのも本書の魅力だ。分析の対象は研究史、記念行事、教科書、映画や小説など実に多岐にわたっている。日露戦争を「自衛戦争=祖国防衛戦争」とみなす単線的な歴史観がいまだに根強いだけに、本書の多面的で複眼的な分析の持つ意味は大きい。
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ちば・いさお 1969年生まれ。学習院大教授(日本近代史)。著書に『旧外交の形成』『南北朝正閏(せいじゅん)問題』など。