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「障害者と歴史学」書評 不可視化されてきた存在を描く

評者: 中澤達哉 / 朝⽇新聞掲載:2026年04月04日
障害者と歴史学 (史学会シンポジウム叢書) 著者:池田 嘉郎 出版社:山川出版社 ジャンル:歴史・地理

ISBN: 9784634523715
発売⽇: 2025/11/25
サイズ: 14.8×21cm/272p

「障害者と歴史学」 [編]池田嘉郎、北村葉子

 本書は、一昨年11月に開かれた同名の公開シンポジウムを基盤とする論集である。当日の報告とコメントの改稿を収録するだけでなく、新たに書き下ろされた諸論考を含む充実の内容。日本史(古代・近代)と西洋史(イギリス・ドイツ・ロシア)の事例をバランスよく配置した構成もまた、読者の興味をそそる。
 本書によれば、障害者は歴史叙述の中で「不可視化」されてきた存在。確かにそこにいたのだが、歴史には記録されなかった。または記録されづらかった。つまり、歴史を書く側が不可視化に加担してきたわけだ。だからこそ編者はいう。歴史学こそ、これまで障害者が周縁化され続けてきた事実を学問の問題として引き受けるべきだと。主体として描き直すべきだと。「誰の経験が歴史になるのか」という、歴史叙述に付きまとう深遠な問いを、本の導入部で真正面から提起したのである。
 障害に肉薄するために、各章は医療・家族・運動・社会規範に着目する。目を見張るのは、これらが複雑に絡み合い、「障害者」というカテゴリーが形成されていく多様なプロセス。障害者の実態紹介を超える重みをもつ。
 なにより、二つのコラムが本書の価値を格段に高めている。障害を単体で検証せずに、他の文脈に接続する回路を用意しているのだ。つまり、障害者を描くことは、周縁化されてきた人びとを単に歴史記述に追加することを意味しない。ジェンダー史、地域史、帝国史という大きな営みの中に位置付け、問題を多角的に理解するのである。
 私はパンデミックの頃、『コロナの時代の歴史学』という本を監修・執筆した。その過程で知ったのは、疫病・災害・戦争などの非常時ほど効率や優先順位が前面化し、障害者が切り捨てられやすいということ。本書が示す障害者の歴史化は、非常時における切り捨てを抑止する予防線にとどまらず、過去の失敗と対処の蓄積から教訓を得る糸口にもなろう。
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いけだ・よしろう 東京大教授。専門は近現代ロシア史▽きたむら・ようこ 東京大准教授。専門は近現代ドイツ史。