司馬遼太郎の歴史小説に見た関係性萌え
――『スキップとローファー』は、高校生ならではの心の機微を軽やかに描いた青春群像劇ですが、着想のきっかけは司馬遼太郎の歴史小説だそうですね。
連載に向けて、いくつもネームを出してはボツを食らうという苦しい時期があったんですが、そんな中で参考になればと読んでみたのが司馬遼太郎先生の『関ヶ原』でした。司馬先生の小説に出てくるキャラクターは生々しいくらいにリアルで、歴史に詳しくない私でもどんどん読み進めたくなる魅力がありました。中でも特に心惹かれたのが、石田三成と島左近の関係です。
石田三成は頭脳明晰なんですが無意識に人を見下す癖があって、他の武将たちに一方的に指示しては「え、なんでわからないの?」という態度をとってしまうので、周りから疎まれているんですね。でも島左近だけは、三成の意図することも、伝え方が下手なだけで悪気がないことも理解していて、その不器用さの中にかわいさを見出している。そこに関係性萌えみたいなものを感じて、自分の作品でもこんな人間関係を描いてみたいと思ったんです。
その二人をベースにキャラクターを考え始めたので、主人公・みつみの名前は三成から、志摩くんは島左近から付けました。ただ長期連載する上で、主人公があまりにも嫌われ者というのは無理があると思ったので、頭はいいけれどちょっと天然で、陽気な女の子というキャラに変えていったんです。そうやって調整していくうちに、二人とも原型はほとんどなくなっていきました。
―― 高校を舞台にしたのはどんな理由からですか。
青年誌で連載するには、何かしら作品のフックとなるような、専門性の高いテーマが必要なんじゃないかと当時は思っていたんです。でも、どんなテーマなら描けるだろうと探すたび、自分の中にこれといったテーマがないことに気づいて、自分はなんて無趣味なんだろうと落ち込んでしまって。人間関係だけを描くというのは逃げだ、何かテーマを見つけなければと焦っていたんですが、あるときふと少女漫画はどうだろう、と考えるようになったんです。
少女漫画は、明確なゴールのない恋愛を中心としながらも、しっかりとストーリーが成立していますよね。そういうのを青年誌でやっちゃだめですか?と聞いてみたら、「え、恋愛モノは興味ないのかと思っていました」と編集者さんに言われて。それで高校を舞台に描いてみたら、すんなり企画が通って連載につながりました。
―― 田舎から出てきた素朴な女の子が都会の爽やかイケメンと出会うという設定こそ少女漫画風ですが、恋愛だけを描いているわけではないからか、男性読者からも多く支持を集めていますね。
少女漫画は昔から好きで読んできたんですけど、自分もこんな恋愛がしてみたい!と憧れたことはなかったんですね。少年漫画や青年誌を読むのと同じような感覚で、少女漫画も楽しく読んできたというだけなので、自分は少女漫画は向いてないし、描けないだろうと思っていたくらい。少女漫画らしい設定をお借りして、人間関係をメインに再構築している、という感じです。青年誌での連載ということもあって、かなり自由にやらせてもらえています。
人間関係は、メッキが剥がれてからが本番
―― 主人公のみつみちゃんを過疎化の進む地方から上京した子という設定にしたのはなぜですか。
そもそも『関が原』の石田三成をベースに考え始めたので、ちょっと浮いている子にしたかったんですね。私自身も地方出身者なので、田舎から出てきた子とキラキラの都会の男の子という構図なら描きやすいかなとも思いました。
それと、少女漫画という設定で描くにあたって、あえて王道を踏んでいこうという意識もありました。垢ぬけない女の子が、洗練されたキラキラの男の子からなぜか好かれてしまう、というストーリーは、王道のひとつですよね。
王道を行きながらも、王道のキャラクターの描かれていない面にもスポットを当てていきたい、という思いも当初からありました。田舎育ちの垢抜けない女の子ももっと深みが出せるし、キラキラの男の子だってキラキラの表面だけじゃなくて、その奥にある人間味も含めて描いていきたいと考えていました。
―― 確かに志摩くんは、第1話で洗練された都会の男の子として颯爽と登場するものの、物語が進むにつれ、メッキがどんどん剥がれていく感じがありますね。
少女漫画文脈では普通、男の子の側の余計な心理描写は控えるんですね。ミステリアスな存在として描いた方がかっこよく見えるので。でも『スキップとローファー』では、志摩くんがごちゃごちゃと考えるシーンをあえてたっぷりと描いています。
恋愛や人間関係って、メッキが剥がれてからが本番だと思うんですよね。出会ったばかりの頃に勝手に思い描いていたイメージは、深く関われば関わるほど変わっていきますが、そこを乗り越えてでも関わり続けるからこそ、真の人間関係が築けるんじゃないかなと。だから志摩くんについては、読者のみなさんががっかりするところまで描きたいな、という気持ちがありました。
漫画には期待通りの安心感も必要ですが、それだけだと飽きてしまいますよね。読者はどこかで「そうくるか!」と裏切られる瞬間を待っているはずなので、『スキップとローファー』ではあえて読者の思い込みを覆すような展開を散りばめてきました。読み進めるうちに、読み味ががらりと変わっていく体験を楽しんでもらえたらうれしいです。
自分をどこまで開示できるか
―― みつみちゃんや志摩くん以外にも魅力的なキャラクターがたくさん登場しますが、キャラクターを作る上で心がけていることは?
誰かに肩入れしないということは、すごく気をつけていますね。みつみちゃんを贔屓すると、別の誰かが悪者に見えてしまうことがあるので、その辺のバランスはいつも気を遣っています。
あと、みつみちゃんは明るくて超ポジティブな女の子ですが、完璧な聖人君子というわけではなくて、失敗もしたり、人を傷つけてしまったりもする子として描いています。自分が友達になりたいかどうか、というラインを外さないようにキャラクターを作っていきました。
―― クラスメイト八坂さんがみつみちゃんに対して放つ、「岩倉さんは、他人の評価なんかどうでもいいって言い切れるくらい、愛されて生きてきたんだね」という台詞(単行本8巻44話)にはドキッとしました。
みつみちゃんは愛情を受けて育ってきたので、自分の正しさをまっすぐ信じる強さがあるんですが、正しさをそのまま振りかざすのは傲慢だなとも思っていて。たとえ意地悪な気持ちがなかったとしても、誰かを傷つけてしまうことはありますよね。自分の善意や正しさが思いも寄らず人を傷つけてしまうことがあると知ることで、さらに成長していく姿を描けたらと思って入れたシーンです。
―― 東京の進学校に取材に行かれたこともあるそうですね。
勉強のできる子が行くリアリティのある高校を見てみたくて、いくつかの高校の文化祭にお邪魔したことがあります。そこで接した高校生たちは、みんな信じられないくらい成熟していて、こんなにしっかりしているのかと驚きました。
―― 成熟した人であることが求められている、という側面もありますよね。志摩くんのように、実は精神的にはそこまで成熟できていない子もいたり……。
まさにその通りで、人間関係を円滑にする方法とか、人から好かれる振る舞いはしっかりできる子が多い気がしました。ただ自己開示という点でいくと、田舎の方が得意な子が多いんじゃないかなと感じています。
みつみちゃんのように同級生が8人だけみたいな環境で育つと、仲良くなるしかないし、思っていることをはっきり言うようにもなると思うんです。でも都会の子は人口密度が高い分、いつも周囲に気を遣っているので、自分の本心を見せにくくなるというか。悪目立ちしないようにと気を配るうちに、自分が本当に言いたかったことは何か、そもそも主張したいのかどうかさえわからなくなって、もやっとしてしまうのかなと。もちろん田舎にだってそういう子はいると思うんですけど、比率で言うと都会の方がその傾向が強い気がしますね。
―― まっすぐ自己開示できるみつみちゃんと、周囲が求める自分を保とうと抑えるうちに、自分の本心さえわからなくなる志摩くん。その対比が鮮やかです。
好きな人たちをがっかりさせたくないという気持ちも大事だけれど、それだけに偏るとバランスが崩れますよね。みつみちゃんは“人から期待される自分”と“自分のやりたいこと”のバランスが取れているタイプですが、志摩くんは期待に応えることを優先しすぎて、自分の気持ちを抑圧してきた人として対照的に描いてきました。
自信がありそうに見える子も実は…
―― 瑞々しく、リアリティのある人間描写のヒントは、どこにあるのでしょうか。
自分自身の経験や記憶を頼りに描くこともあれば、取材で得たことを参考することもありますが、参考になるのが高校生や高校時代だけかというと、そういうわけでもなくて。相手が5歳でも中学生でも大人でも、年齢と関係なく、人間としてその人らしさみたいなものを感じる瞬間があるんですよね。だから、出会う人すべてを参考にさせてもらっているようなところはあると思います。
あと、年齢が離れたからこそ描ける部分もありますね。思春期から時間が経つほど、当時の過剰な自意識が削ぎ落されて、隠していた本音が出しやすくなるんです。かつてヤンキーだった子に「あの頃どうだった?」と聞くと、「実は全然楽しくなかったよ」とか「もっと文化祭とか楽しみたかった」と教えてくれたりして。
―― 自信があるように振る舞っている子も、実はそうでもなかったりしますよね。
私は高校時代、化粧禁止だったので、いつもすっぴんだったんですけど、化粧をする子はおしゃれが好きで、自分のかわいさに自信があるんだろうなと思っていたんですね。でも化粧をする子に聞くと、化粧なしではコンビニすら行けないと打ち明けてくれたりして。それってある意味、自分に自信がないということでもあるし、逆に起きて5分で外に出られる人は、それだけ周りの目を気にしない強さがあるようにも思えます。自信があるかどうかは、外見の華やかさだけでは測れないんだなと感じました。
『スキップとローファー』だと、志摩くんやミカちゃんは自分の価値を相対的に見ている人なので、自分がどんなポジションにいるかとか、人から好かれているかどうかを常に気にしているんですね。でも迎井くんは自分がカーストのどの位置にいようが、友達は足りてるから構わないというタイプ。どっちが自信があるのかなと大人の目線で見ると、迎井くんだなと思うんです。自己評価を他人に委ねすぎることの危うさは、作品の中でも一つのテーマとして描いています。
―― みつみちゃんたちはまもなく高校3年生。物語上では卒業まであと1年と少しという状況ですが、エンディングはどの程度までイメージされていますか。
そもそもここまで長く続くとは思っていなかったので、卒業する頃にこんな感じになっていたらいいなというイメージがふんわりとあるくらいですね。そこまでの細かな物語もまだできていないので、それぞれの進路なども考えつつ、ゴールに向かってしっかり描いていけたらなと。少女漫画ではわりと受験を飛ばして、いきなり春、卒業みたいな流れになることが多いのですが、『スキップとローファー』は進学校が舞台なので、受験勉強をする中での人間ドラマも見どころにできたらいいなと思っています。
アニメ第2期も制作中とのことなので、あわせて楽しんでもらえたらうれしいです。