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「戦争と差別について哲学は何を言えるのか」 概念を突き詰め問題の根に迫る 朝日新聞書評から 

評者: 古田徹也 / 朝⽇新聞掲載:2026年09月19日
戦争と差別について哲学は何を言えるのか: 門脇俊介 社会哲学講義 著者:門脇俊介 出版社:青土社 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784791777860
発売⽇: 2026/06/25
サイズ: 14×19.6cm/240p

「戦争と差別について哲学は何を言えるのか」 [著]門脇俊介 [編]池田喬

 ここにはひとりの人間がいる。確かに存在する。しかも、この本というかたちでしか存在しえないような仕方で、はっきりと立ち現れている。
 門脇俊介は、研究者として最も脂が乗りきっていた時期に病に倒れ、50代半ばという若さで世を去った。本書の第一部に収録されている論考は、そのおよそ9年前、2001年冬学期の講義のために彼が書いた原稿に基づく。
 その論考をたどり、編者の池田喬氏による思いのこもった序文と解説を経れば、門脇のただならぬ先見性に驚かずにはいられない。戦争を始めることや戦争に関与することがますます切迫した問題となり、排外主義と差別が公然とまかり通るようになったこの国の現状を、いったいどう考えればよいのか。これにどう向き合えばよいのか。そのための重要な足掛かりを、四半世紀前から門脇は用意してくれていたのだ。
 そして、彼にそれができたのは、まさに哲学を実践していたからだ。哲学は本来、その時代に表立っている具体的な問題から目を背けることはしない。ただ同時に、問題の上っ面だけ追うのではなく、その前提や足場となる基礎的な概念に目を向ける。「正当化」「責任」「理由」「文化」「国家」といったものだ。そして、これらの概念の意味を深く探ることを通じて、現実の問題に潜む混乱や欺瞞(ぎまん)などを明らかにする。だからこそ、哲学は問題の根本に迫り、それゆえ自(おの)ずと時代に先駆けて、後の世代に希望を灯(とも)すことがありうるのである。
 第二部収録の、門脇が折々に綴(つづ)った9編のエッセイからは、哲学とは何か、哲学を教え学ぶことはいかにして可能かということを、彼が本当に真摯(しんし)に問い、考え続けたことがわかる。そして、その彼がなにも聖人君子のような存在ではなく、欠点も弱みもあって、なにより、日々を楽しもうと生きたことが、本書の終盤に置かれた掌編「夫門脇俊介のこと」に活写されている。英文学者の門脇(青木)由紀子氏によるこの文章ほど素晴らしいエッセイを、私はしばらく読んだことがない。
 本書を通して立ち現れるのは、生ける人間の姿である。映像や写真がなくとも、双方向的な対話ができなくとも、私たちは文章を丹念にたどることによって、ひとりの人間に出会うということがありうる。そして、その人間が自分のなかに生き続け、ときに大事な道標となり、ときに乗り越えるべき壁となることが、まれにある。本書は、冒頭から末尾に至る構成の全体によって、本という形式がもつそのような可能性を見事に示した傑作である。
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かどわき・しゅんすけ 1954年生まれ。2001年から東京大大学院総合文化研究科教授、10年に死去。著書に『理由の空間の現象学 表象的志向性批判』『現代哲学の戦略 反自然主義のもう一つ別の可能性』など。