「日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか」書評 転んでもただでは起きぬ探究心
ISBN: 9784106039485
発売⽇: 2026/07/23
サイズ: 19.1×2cm/256p
「日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか」 [著]井上章一
「すみませんが、玄関で靴を脱いでもらえませんか」。米国に記者として駐在中、わが家にやって来る引っ越しや家具配達の人たちにお願いして、ほぼ毎回断られた。
英語を話す人もスペイン語の人も「そんな面倒なことを急になぜ」と一様に困惑の顔。中には「僕の靴、超きれいだから」と靴底を見せる人も。断られる確率はゆうに95%を超えた。
土足文化の壁の厚さにただ屈し、特派員コラムの一本も書けずに終わった私からすると、本書はまぶしすぎるほど。畳の間に慣れ親しんだ民と畳に縁のない人々の土足観の違いを探る知的な旅へと読者をいざなう。
きっかけは、何と、著者がブラジルで転び、あごを負傷したこと。病院の診察室で靴を脱ぎ、ひざをベッドに置いた瞬間、医師から鋭く問われる。「どうして、そんなところで靴を脱ぐのか」
やむなく靴をはき直してベッドへ。居心地の悪さから、医師の処置中も土足が寝台に触れぬよう腹筋に力を入れて宙に浮かせた。「自分が日本人であることを、骨身にしみて痛感」したという。
著者の探究心に火がつくのはここから。16世紀に来日した宣教師を描いた南蛮屛風(びょうぶ)までさかのぼり、史料に残る「足」描写を体系づけていく。
たとえば幕末に来日した外交使節は、折衝の場で靴を脱ぐよう求められて動揺する。「一国の代表たる私が正装帯剣のまま靴をはかずに臨場するのは不名誉の極み」。入り口で長靴を脱ぎ、持参の短靴に履き替えるなどの便法が編み出された。
暮らしが欧化した明治以降は、日本でも病院や百貨店など土足を許容する空間が増えた。それでも個人の居宅には土足厳禁の感覚がいまなお深く根を下ろしている。
『京都ぎらい』『ふんどしニッポン』など数々の話題作で知られる人ならではの独創的な切り口が随所に。それにしても南米で転んでもただでは起きぬ探究心にはただただ敬服するばかりです。
◇
いのうえ・しょういち 1955年生まれ。国際日本文化研究センター所長。『つくられた桂離宮神話』でサントリー学芸賞。