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世界の注目作家 「有力候補」たちの夢想、奇想、予言 柳原孝敦

ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーの入る建物。今年は8日に発表される=ストックホルム

 今年もノーベル賞の季節がやってきた。文学賞候補と噂(うわさ)される作家たちの作品は皆、さすがに面白い。

 このところ男女が交互に受賞しているからか、中国の残雪(ツァンシュエ)の下馬評が高い。白日夢を見るようにして書いていると述べる彼女の作品世界は、それ自体が夢の中のようだ。

 まずは短篇(たんぺん)集から読んでみよう。『廊下に植えた林檎(りんご)の木』(近藤直子・鷲巣益美訳、白水Uブックス・1980円)は「帰り道」という作品から始まる。「わたし」がよく知っているはずの草地のはずれにある家に行くと、その家のあるじが「わたし」の記憶とはことごとく異なったことを言う。家の背後は山だと思ったら、あるじは断崖絶壁だと言う。家に帰りたいと言えば夜明けはこないので帰れないと返す。それでもどうにか外に出ようともがくのだが、そこにまたあるじの声が響く。この理不尽な束縛は紛れもない夢だ。悪夢だ。ここから残雪の世界に踏み込んだ読者に、もう帰り道は用意されていない。この世界にどっぷりと浸らずにはいられない。

暴力への抵抗

 近年は女性作家の活躍がめざましい。その一部は彼女たちに対してふるわれる圧倒的な暴力に抗する力に支えられているようだ。一昨年ごろからノーベル賞候補と取りざたされることの増えたメキシコのクリスティーナ・リベラ・ガルサはその一例だろう。だが、元恋人に殺された妹についてのノンフィクション『リリアナの不敗の夏』を始めとする作品が一作も邦訳されていないのは残念至極。

 同じスペイン語圏の他の作家に目を向けてみよう。近年、アルゼンチンのセサル・アイラの名がしばしば取りざたされるが、ここでは同じくらい期待がかけられているスペインのエンリーケ・ビラ=マタスを見ておこう。いずれも、突拍子もない思いつきと論理展開に基づく不思議な小説が持ち味だ。小説というジャンルへの挑戦といっていいだろう。

 やはり短篇集から入ってみよう。『永遠の家』(木村榮一・野村竜仁訳、書肆侃侃房・1980円)は、腹話術師を語り手とした短篇12作からなる。表題作は、「ぼく」の生まれた2日後に母親が殺害されたというショッキングな告白から始まる。しかも、後年、死の床にある父が、その殺人は「わしの差し金によるものだ」と告げたという。

 そして話し始めた父は、三番目の妻である彼女との出会いと結婚からはじめ、新婚旅行で行ったイスタンブールとカイロでの妻の行状を語る。パンを大量に買ったことや、寝言で軍人を相手にしていたことなど。それがどう殺人指令と繫(つな)がるのか、わからない。でも何やら書くことや文学に関係する話であるらしい。一杯食わされた気分だ。「ぼく」も同じ気持ちなのか、最後にちょっとした仕返しをして父との信頼関係を確認する。

現代への批判

 近々と言わずとも、きっとそのうちノーベル賞を受賞するだろうと思われているのが、フランスのミシェル・ウエルベックだ。その作品の多くは近未来のフランス社会での出来事を扱った小説なのだが、そこで展開されるのはグローバル化以後の現代社会への辛辣(しんらつ)な批判だ。これが小気味良い。彼の作品はしばしば、現実に起こることを先取りした予言とみなされるのだが、そう思えるのもこの批判が正鵠(せいこく)を射ているからだろう。

 ここで薦めたいのは『服従』(大塚桃訳、河出文庫・1012円)。発表当時としては近未来にあたる2022年の大統領選でイスラム教政党の党首が当選、フランスがムスリムの国になるという内容だ。大学で19世紀文学を講じるいささか時代遅れな「ぼく」は、この選挙結果に翻弄(ほんろう)される。女性作家の活躍を可能にする現代社会の裏の一面を支えるダメ男の物語でもあるところが、哀(かな)しく面白い。=朝日新聞2026年10月3日掲載