世界統一を信じた軍人の「SF的想像力」 ──クリントン・ゴダール著『石原莞爾』書評(評者:碧海寿広)
記事:筑摩書房
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関西テレビ製作のドラマ『銀河の一票』は傑作だった。日本の選挙をめぐる人間模様をリアルに描いた社会派ドラマだが、作中で宮沢賢治の有名な言葉が引用される。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」。仏教徒であった賢治の考えをよく示す言葉の一つだ。
政治は特定の団体や個人ではなく、世の中「ぜんたい」の幸福を達成すべきものである。上記のドラマが丁寧に伝えるこの理想を、世界ないし宇宙的なスケールで達成しようと試みた軍人・思想家がいた。本書の主人公、石原莞爾だ。
石原は賢治と同じく、近代日本で最も政治性の強い仏教思想、日蓮主義の信奉者であった。この事実については従来も知られていた。しかし、石原の軍事思想や政治的ビジョンが、どれほど『法華経』や日蓮の教えに基づく宗教的な信念に規定されていたのかは、これまで必ずしも十分に論じられてこなかった。
本書は、その石原の信仰世界の実態を、同時代の思想動向に照らしつつ詳細に明らかにした、革新的な著作である。石原が関東軍参謀として主導した満州事変の裏にあった「最終戦争論」は、「宗教理論」だ。そう言い切る著者の論述は、石原莞爾の肖像に新たな色彩を加え、彼の歴史的意義に関する再考を促す。
世界の状況があまりにも複雑化し、国家も人間もバラバラに分かれていく時勢に危機感を抱いた石原は、すべてを再び「統一」するための普遍的な真理を探し求めた。その答えを、彼は田中智学らが唱える日蓮主義に見出す。それは、単に個人の内面を支える「宗教」ではなく、同時に社会変革のための「政治」であり、また「科学」をも含み込む、究極の教説であった。
本書の最大の魅力は、この日蓮主義に感化された石原の、リアリスティックな戦略や堅実な事業の実態と、「SF的想像力」とも評せる突拍子もないような未来構想が、互いに分かちがたく結びつきながら展開する様を鮮明に描き出した点にある。
たとえば、石原の「数学的な美しさ」さえ備えた戦争論は、最新の軍事技術に関する知識を踏まえ、現代のドローン戦争にも接続可能な合理的な見立てに基づいていた。一方で、彼は物理的な戦争の先に到来する「霊的・宇宙的次元での闘争」を想定し、これを自身の世界統一のビジョンに組み込んでいた。
あるいは、石原はアジア主義を背景とした東亜連盟を組織し、農業の改良や玄米などの健康食に基づく生活改善運動を推進した。そうした政治実践の裏側にも、宗教と科学の融合という彼の理想があり、その理想が十分に現実化されれば、人類はやがて「仏陀や神のような存在」に進化する、と彼は予見した。
その緻密かつ壮大な思想と実践に賛同する者の中には、朝鮮出身の元共産主義者もいれば、独自のフェミニズムを唱えた女性の活動家たちもいた。国家や階級、民族の差異(差別)を超えた世界を語る石原の言動は、日本の植民地となった地域の人々をも魅了し、また男女間の分断や支配という不幸から脱却するための契機を、現状に不満を覚える女性たちに与えた。
日本の敗戦後、石原は「最終戦争論」の自説を修正し、「道義国家」としての日本主体の平和論を主唱するようになる。これは一見時局に応じた変節にも思えるが、必ずしもそうではない。世界統一こそ彼の揺るがぬ夢であり、その過程に戦争があるか否かは、二の次の問題であったのだ。また、その夢の実現を日蓮仏教が常に動機づけていたことも、最後まで変わりなかった。
政治と宗教の結託を訝しく思う人の多い現代日本では、こうした石原の思想には違和感を抱く向きもあるだろう。だが、世界「ぜんたい」の幸福のための政治を実現するには、強烈な信念や信仰が不可欠なのかもしれない。日本の政治が新たな段階に入ろうとしている今、本書はタイムリーな知恵を提供する。
第一章 日蓮主義との出会い――信仰者の夢
1 一青年将校の世界観形成
2 日本社会の問題とどう向き合うか
3 将校たちの日蓮信仰
4 石原にとっての日蓮主義
第二章 世界最終戦争論の構想――軍事思想家の誕生
1 漢口での生活
2 はじめての洋行
3 戦争の論理
4 宗教としての戦争
第三章 世界統一――弥勒の世界をめざして
1 世界統一と永久平和
2 イデオロギーの怪物
3 進化する人類
4 分断を超えるユートピア
第四章 東亜連盟への期待――宗教的指導者の改革戦略
1 昭和維新
2 追いやられる夢
3 理想の支持者たち
4 朝鮮人の居場所
第五章 女性解放者の実践――日蓮仏教の龍女成仏
1 女性解放という戦略
2 家庭という前線
3 婦人の昭和維新運動
終章 最後の夢――戦後の歩み
1 敗戦と戦後
2 遺される思想
3 石原主義