「イヤー・オブ・ワンダー」書評 時空や文化差超える選曲ガイド
ISBN: 9784622098225
発売⽇: 2025/12/18
サイズ: 19.4×3.4cm/480p
「イヤー・オブ・ワンダー」 [著]クレメンシー・バートン=ヒル
長年英米のラジオやテレビで音楽番組制作を担当し、ヴァイオリン奏者でもある著者は、しばしば人からクラシック音楽のプレイリストを依頼されてきたという。初心者の事始めから、通勤、子守といった特定の時間や状況に合わせたリクエスト――著者は各人のよりよい日常を願いつつ、クラシック音楽1000年の歴史から厳選した240人の作曲家の366曲を1日1曲ずつ日記の体裁で紹介する。
ここでいう「クラシック音楽」とは「古典的音楽」の意味ではない。中世から今日まで、各時代の関心事を反映しつつ模倣と超越を重ねてきた音楽史的つながりの総称だ。ゆえに、宗教曲、オペラ、交響曲から民謡編曲、映画音楽、ミニマル音楽など、選曲のジャンル、編成、地域とも幅広い。バッハやベートーヴェンはもちろん、ジャズマンとして知られるデューク・エリントンや、従来、音楽史上に書き留められることは稀(まれ)だった女性作曲家(執筆当時93歳のエチオピアの修道女を含む40人余)、性的少数者なども積極的にとりあげられる。人種、性別、年齢、知名度、作風の多様性や、数時間の原曲から一部を抜粋するなど、現代社会の様相と時間感覚を考慮した選曲には、選者の個人的意識や文化的背景が窺(うかが)える。
毎日の日付と曲目に続いて書き添えられるのは、作曲家の誕生日や命日、特定の国の記念日、季節に因(ちな)んだ各日の選曲の所以(ゆえん)に加え、楽曲解釈、作曲者のエピソード、初演時の酷評、技法や音楽史、その曲と共に飲む1杯の赤ワインについてなどさまざま。
充実した入門者向け選曲ガイドである一方、英米圏で知られる作曲家が多く、識者でも新たな発見が一定数あるだろう。
読み進めるうち作曲家間の関係や各国の文化も垣間見え、こんなふうに時空や文化差を大きく超えて人が広くつながることができるのがクラシックのゆたかさだと改めて感じ入る。
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Clemency Burton-Hill 1981年生まれ。英国のブロードキャスター、ジャーナリスト、バイオリニスト。
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後藤菜穂子訳