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「調査報道の戦後史 1945-2025」書評 事実を掘り起こし社会を動かす

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2026年02月28日
調査報道の戦後史 1945-2025 著者:高田昌幸 出版社:旬報社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784845121540
発売⽇: 2025/12/16
サイズ: 18.8×2.5cm/400p

「調査報道の戦後史 1945-2025」 [著]高田昌幸

 1949年2月、毎日新聞社会部記者の大森実は岡山県の「岡田更生館」に潜入した。当時、空襲で家を失った路上生活者を収容するための施設が各地に設置されていた。同館はその一つだ。職員による虐待が多発し、劣悪な食糧事情により、施設内で多くの死者が出ているとの情報を大森は得た。内情を確認するため「見るも哀れなボロ服」を身にまとって施設内に潜り込んだのである。
 戦後調査報道の軌跡を追った本書の第1章は、この事例から始まる。当局発表に依存せず、取材を重ねて真実を明かすのが調査報道だ。時間も手間もかかる。それでも記者たちが調査報道を試みるのは、不正を見逃さないという、報道の責任を全うするためだ。
 大森もそうだった。記者の嗅覚(きゅうかく)だけで勝負に出た。大本営発表に従い、国民を戦争へと煽(あお)った戦時報道の時代はすでに終わったのだ。潜入取材によって動かぬ証拠を得た大森はスクープ記事を発表、人権を無視した同館の実態が明るみに出た。
 以降、様々なメディアが調査報道を試みる。読売新聞は輸血用血液が、日雇い労働者の〝売血〟によって成り立っている実態を暴き、北日本新聞は地域の公害被害を告発し、朝日新聞のリクルート事件報道は、企業と政治家の癒着をすっぱ抜いた。さらにはラジオが、テレビが、雑誌が、丹念な取材によって、隠された事実を掘り起こした。
 最近、「調査報道をやらせてもらえない」とこぼす若い記者の悩みを聞く機会が増えた。人減らしの影響などで、困難な状況にあることは事実だろう。だが、当局発表だけを報じるならばAI(人工知能)で十分だ。本書には調査報道に関わった記者の言葉が引用されている。なぜそこまでやるのかという問いに記者はこう答えた。
 「『記者だから書いた』と言うほかない」
 その思いが時に社会を動かした。調査報道にはそんな力があるのだ。
    ◇
たかだ・まさゆき 1960年生まれ。東京都市大教授。北海道新聞では「北海道警察裏金問題」取材班の代表を務めた。