誕生日が一月二十三日で、クリスマスと間隔が空いていないため、自分自身に何かしてやろうと思う時は兼用のような感覚になっている。クリスマスに何か自分に買ってやるものがあった時は、それで誕生日の分も満たすとする。クリスマスに特に何も買わなかった場合には、誕生日まで考えるとする。
この文章が掲載される翌日には、四十歳になっている。去年ずっと「わたしはもう四十になるのですが」といろんな人に話して予行演習をしてきたせいか、想像されるほど「まずい」という感触はないのだが、「自分に何か買ってやろう」と考え始めた時に、いつまでも淡々と「特にない」と心が動かないことにちょっと驚いた。去年までは何くれとなくあったはずなのだ。裏起毛の部屋用の靴下だとか、裏起毛の部屋着の上から履くパンツだとか。けれども、ずっとそういう物を買い足してきたので、今年はいらないや、ということになっている。最近気付いて少し驚いたことは、自分が下着や靴下以外の衣類を半年以上まったく買わなくても何不自由なく暮らしている、ということで、四十歳になるということはすなわち、着るものに困らなくなること、というのが大きな実感である。
結局迷った末、また某社の携帯タイプライターを買い足した。しかしはたと「それは仕事道具であってプレゼントではない」ということに気が付いた。ならば最近自分に何をしてやったんだろうと考えて、クリスマスイブに仕事から帰ってきて、スコーンの簡単な作り方を覚えたことを思い出した。明日はクリスマスだし自分に好きなものでも作ってやろうと思ったのだ。世の中には料理の作り方が無数にあるようでいて、「自分に合う作り方」はなかなかないのだけど、それを自分に見つけてやったのだった。「物より経験ですよ」という、若い時にはきれいごとに聞こえていた言葉に、ここへ来て実感を持つ。四十歳になるとは、着るものに困らなくなり好物を作れるようになることだ。そう考えると悪くない。=朝日新聞2018年1月22日掲載
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