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デスクの上の戦い 津村記久子

 「デスクを片づけてから仕事を始めるのか」対「とにかく仕事を始めてからデスクの気になるところを休憩時などに少し片づけるのか」は、人間の心の中で永遠の戦いを繰り広げていると断言する。自分の中では後者が優勢だ。一日のうちの最重要決断と言える「これから仕事する」を、デスクの片づけに邪魔されてはならない。わたしが三十代の時にはまっていた仕事効率化の啓発記事は、こぞって「十分やってみろ」「それがだめなら五分からやってみろ」「だめなら三分……」という調子で、とにかく「始める」ということを重んじていた。それでわたしは、八年ぐらい使っていないUSBメモリや、あらびきコショーの瓶や、すでに届いたレターパックライトのお問い合わせ番号シールが貼られたメモ用紙などが置かれたままのデスクで仕事を始める。「しんどかったら五分でええで」と思いながら、四十五分キッチンタイマーをかける。それでほとんどの場合は四十五分を全うする。休憩の時に、コショーの瓶ぐらいは元の場所に戻したらいいのだが、頑(かたく)なにやらない。

 仕事を再開する。もうコショーの瓶をデスクの上から探し出して元の場所に戻す気力は残っていない。レターパックお問い合わせ番号シールのメモは捨てたらいいのだが、メモの隅に自分で描いたネコの絵が気に入っているのでなぜかそのままになっている。仕事を終えると、もう片づけに使う気力はなくなっている。デスクは永遠に片づかない。

 そんな自分でもバナナの皮や玉子の殻は捨てるので、コショーの瓶もUSBメモリもメモ用紙も腐らないから置いたままにしているのだろうと思われる。黒いキャップのコショーの瓶は、他の必要な物で散らかっているわたしのデスクの上の風景に変に溶け込んでいる。

 とにかく始める派でいる限りは、奴(やつ)はデスクにいるのだろう。自分にできることは、コショーが欲しい時に台所じゃなくデスクを探せと言い聞かせることだけだ。=朝日新聞2026年1月21日掲載