最近、仕事が忙しく、映画館に足を運ぶ機会がめっきり減った。映画好きを公言できるほどマニアではないが、とはいえ新作はなるべくチェックし、好きな監督作品の封切りを心弾ませて待つ私にとって、これは少々辛い。
それでもこれだけはという作品は都合をつけて映画館に行き、残りはなるべく早くDVDで見る。そんな中でふと気づいたが、私にとって映画作品はそれを見た映画館の記憶と不可分らしい。
学生の頃、たまたま飛び込んだ河原町の映画館で「X―MEN」を見た時、始まって十五分ほどで画面から音が消えた。直後、館内の明かりが点(つ)き、すっ飛んできたスタッフが、「映写機のトラブルが起きました。しばしお待ちください」と仰(おっしゃ)った。アメコミにはさして興味がなかったはずが、あの時の出来事が不思議に忘れられず、以来、「X―MEN」シリーズだけは見続けている。鑑賞途中、待ち合わせをすっぽかしていると気づいて飛び出した「カサノバ」(翌日もう一回見に行った)、単館にしては若い女性が目立つと思ったら、みなヴィゴ・モーテンセンがお目当てだったらしい「アラトリステ」。自宅で一人、DVDを見た場合は、作品の内容こそ覚えていても、それ以外の情報はほとんど記憶がない。だがこれが映画館での鑑賞作ともなれば、館内の風景、ひいては当時の記憶までがゆるやかに紐(ひも)づいている。いわば私にとって、映画館で見た作品は、思い出を呼び起こす鍵なのだ。
似たことは本についても言え、インターネットで書籍を購入した際の周辺記憶は薄いが、実店舗で買った本はおおむね、その後の読書体験とともに何らかの記憶が残る。古い一冊の本から、今はなき書店を思い出すこともしばしばだ。
記憶力が低い私は、映画を、書籍を味わいながら、それらの媒体によって己を補完する。だから多忙であればあるほどなお、映画館に、書店に足を運びたいと思うが、さて今年はそれがどれほど叶(かな)うだろう。=朝日新聞2018年2月5日掲載
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