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「リアル(写実)のゆくえ」書評 ねちっこさの根底に日本風土が

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2017年05月28日
リアルのゆくえ 高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの 著者:土方 明司 出版社:生活の友社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784908429118
発売⽇: 2017/04/10
サイズ: 21cm/317p

リアル(写実)のゆくえ―高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの [企画・監修]土方明司、江尻潔

 日本画に対して洋画という西洋風の手法による絵画ジャンルがある。本書には洋画の写実表現によるリアリズムの系譜の画家、「物狂い」と呼ばれた高橋由一を始め、岸田劉生から現代に至る52人の写実画家をとりあげている。が、西洋のリアリズムの影響を受けながらもどことなく据わりの悪い気味悪さが目立つ。
 その主な理由は、主題が日本の風景や調度品や人物を対象にしているせいかも知れない。画家の川村清雄は、もし西洋の風俗や景色を主題にするなら「本家とも間違へらるゝ位に描ける」と単に技術的に劣っていないことを主張する。
 〈そうかもしれない〉と僕も思うが、川村が豪語する一方、岸田劉生は日本人の西洋画の神秘の謎は「唯心的領域」にあると言う。画家の内面の追求が問題で、もし「唯心的な域を殺す事になる」ならば、外面の「写実的な追求は犠牲に」してもいいとまで言い放つ。
 日本の洋画の写実のヤニっぽさ、ねちっこさが発散する気味悪さは、どうやらこの辺に起因し、日本人の唯心的表現の不気味な写実主義はどうも画面を埋めつくす過剰な描き方にあるように思えてならない。
 僕も日本人画家のひとりである以上、唯心的遺伝子が内在していないとも限らない。日本人の心的意識が無意識裏に日本人の肉体に移植されてしまったのだろうか。同じ写実表現でも、ダリやマグリット、アメリカのスーパーリアリズムはある種の粗雑さと軽さがある。日本の写実絵画は現代の作品でさえも、どこか土着的で情念的で重い。そして細部に至る異様な執拗(しつよう)さによって息苦しいまでだ。
 それは日本人の幼少期の、風土から生まれた生活様式から来るような気がする。作品の美術的な様式以前に生活様式が創造の根底と深く結びつき、ソフィスティケートされないまま物狂い的ななまの表現を日本的特性としてきたからではないだろうか。
     ◇
 神奈川県の平塚市美術館で6月11日まで開催中の「リアル(写実)のゆくえ」展の図録。今後、3カ所を巡回予定。