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「経済成長の日本史」書評 大丈夫ですよ、ぼちぼちで

評者: 山室恭子 / 朝⽇新聞掲載:2017年12月10日
経済成長の日本史 古代から近世の超長期GDP推計730−1874 著者:高島 正憲 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:経済

ISBN: 9784815808907
発売⽇: 2017/11/06
サイズ: 22cm/339p

経済成長の日本史―古代から近世の超長期GDP推計 730−1874 [著]高島正憲

 次のかた、どうぞ。
 おや日本さん、今日はどうされました? どうにもやる気が出てこない。それは困りましたね。えーと、日本さんのカルテを見てみましょうか。
 こちら、日本さんがまだ幼かった奈良時代から、ずいぶんと成長された明治初期までの成長記録です。気鋭の研究者さんの最新の成果なんですよ。
 なかみは人口と生産量の記録ですね。人間にたとえれば、人口が身長で生産が体重となりましょうか。人口だけ増えても生産が増えないと、栄養不足でひょろひょろに痩せてしまいますよね。人口と生産のバランスが取れていることが大切です。
 え? 奈良時代の統計データなんて残ってるのかって。そこは工夫のしどころでして。全国の郷の数がざっと4千、相模国の記録の切れ端によれば1郷あたりの田地は140町から180町くらい、これをえいやっと掛け算して、といったあんばいです。断片的な数字を丹念に集めてはえいやっ、を繰り返して1100年以上の超長期経済成長を一望のもとにおさめた、まことに野心的なお仕事です。
 とりわけ驚いたのは、非農業部門の生産量推計のあざやかさです。農業生産は石高で測れるけれど、工業や商業の生産はどう測るか。当時の工業は農村中心なので、工業が発展すると農村の人口密度が増える、商業が発達すると都市化が進む、この2点に着目します。で、人口密度と都市化率と工業・商業生産量のデータが揃(そろ)っている明治期から類推して、人口密度と都市化率のデータしかない江戸期の工業・商業生産量を算出するのです。なかなかにスリリング。
 そんな離れ技も駆使して見えてきたのは、ひとことでくくれば〈こつこつ〉、関西風に申せば〈ぼちぼち〉な成長ぶりです。ある時期にぐぐっと身長・体重、もとい人口・生産が伸びたり、逆にがたんと落ちたりすることなく、つねに安定して成長し続けております。ひとりあたりの生産量が古代・中世は0・06%、江戸期は0・15%の年成長率と、さながら亀の歩みの如(ごと)し。乱高下の激しいお隣の中国さんと対照的です。
 成長がやや目立つのは古代前半と中世末期から江戸初期にかけて、そして注目は人口より生産の伸びのほうが著しく増えた18世紀後半です。江戸時代なかばから日本さんのご成長は、いよいよ本格化したのです。明治維新という外圧を待たずに独力で進化されたんですよ。
 どうでしょう? 1100年間の成長記録、とても渋くてカッコいいと私は感じ入りましたね。今後も日本さんらしく、こつこつぼちぼちおやりになれば大丈夫ですよ。おだいじに。
     ◇
 たかしま・まさのり 74年生まれ。東京大学社会科学研究所・日本学術振興会特別研究員(経済学)。16年に一橋大学大学院に提出した博士論文を大幅に加筆修正した。