道尾秀介「風神の手」書評 うそで複雑にからむ因果の糸
ISBN: 9784022515148
発売⽇: 2018/01/04
サイズ: 20cm/418p
風神の手 [著]道尾秀介
『球体の蛇』『水の柩(ひつぎ)』など、道尾秀介は“嘘(うそ)”が重要な役割を果たす名作を発表しているが、本書はその到達点といえるだろう。
物語の舞台は、松明(たいまつ)の火で鮎(あゆ)を網に追い込む火振(ひぶ)り漁が有名な地方都市。町には遺影専門の写真館があり、そこを訪れた人々の数奇な運命が綴(つづ)られていく。
第1章「心中花」は、漁師の父がケガをし、跡を継ぐために帰ってきた青年・崎村と、高校生の奈津実のせつない恋が描かれる。
奈津実の父は建設会社の社長だったが、護岸工事中に川を汚染し、その事実を隠蔽(いんぺい)したことまでも露見し会社が倒産した。それから奈津実は苗字(みょうじ)を教えるのを避けるようになり、崎村にも偽名を伝えてしまう。
第2章「口笛鳥」は、小柄なまめと転校してきた大柄のでっかち、子供らしく他愛(たわい)のないほら話をしながら友情を深めていた二人の小学生が、ささやかな冒険を繰り広げることになる。
各章とも事件の原因になるのは、小さく悪意もないような嘘である。だが“風が吹けば桶(おけ)屋が儲(もう)かる”ではないが、ひとたび世に放たれた嘘は、当人も知らないところで多大な影響を与え、登場人物の人生を思わぬ方向に変えてしまう。それだけに、どこに着地するか分からないスリリングな展開と、予想もしていなかった場所に隠された伏線から浮かび上がるどんでん返しには圧倒されるはずだ。
物語が進むと、因果の糸は章を超えてさらに複雑にからまっていく。末期癌(がん)の老婦人が、秘密を語り始める第3章「無常風」になると、火振り漁やくらげに石をぶつける遊びなど、作中で何度も描かれた美しい風景にまったく違った光が当たり、著者がタイトルに込めた想(おも)いも明らかになる。
本書は、嘘が巻き起こすリアクションを丹念に追うことで、言葉が人を幸福にも不幸にもする現実を突き付ける。これは誰もが簡単に情報発信できる一方、発言への責任が軽くなった現代への警鐘に感じられた。
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みちお・しゅうすけ 75年生まれ。作家。11年『月と蟹(かに)』で直木賞。『満月の泥枕』『スタフ』。