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須藤真澄「どこか遠くの話をしよう」 小さな謎が時空を超えて壮大に

どこか遠くの話をしよう(上・下) [著]須藤真澄

 山岳地帯ののどかな村で暮らす少女を主人公に、穏やかな日常の生活を描くドラマ。ていねいで優しい絵の積み重ねが、生き生きとした情感を伝えて、心地よい。と思って、ゆったり読んでいたら、物語の小さな謎がやがて大きく膨らんでいき、下巻にかけて、思いがけず時空を超えた壮大な物語へとダイナミックに展開し、ぐいぐい引き込まれてしまった。
 物語は、村に突然現れた謎めいた異邦人の男と少女が出会い、通じない言葉の壁を抱えながら、ともに暮らすようになる顛末(てんまつ)から始まる。声を失っている祖母と暮らしている少女は、記憶を失った男の面倒を見ながら、彼の過去に少しずつ迫っていく。
 言葉のやりとりが困難な2人に囲まれる中で、物語を運んでいく役目を果たしているのは、少女の表情だ。シンプルな描線の顔の絵が、微妙な変化によって静かに、しかし雄弁に感情を伝えていき、印象深い。
 男が少しずつ取り戻していく記憶の内容は「土が死んでしまった」世界の、恐るべきありさまを伝えるものだった。どこか遠くの話が、いまここと隣り合わせになっていくかのような読後感に、心が揺り動かされる。=朝日新聞2018年3月18日掲載