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真実書き残そうとする気迫 ヴィクトール・ユゴー「レ・ミゼラブル」

桜庭一樹が読む

 くそっ、長いんだよッ!! 全五巻なんて書きすぎだ! と怒りつつも、やっぱり勧めたくなるのが本書。夏休み後半、一日ごろごろしながら読むには最適の長編エンターテイメントだ。
 十九世紀のパリ。歴史が激変するドラマチックな時代。貧しさからたった一つのパンを盗んで投獄されたジャン・ヴァルジャンを主人公に、生涯かけて彼を追うことになる警察官ジャヴェールや、けなげな孤児コゼットなど、善良だが時に複雑さを見せる魅力的な人物が絡みあう、大いなるメロドラマである。
 と、それはいいんだけど。物語の合間に、ユゴーがなぜかフランス史の解説を百ページ単位でどっかんどっかん挟み続けたせいで、「未読だった名作を読んでみたい」と本書を手に取った読者たちが、一人また一人と脱落していくのである……。
 作者は、もしやいやがらせをしてるのだろうか……?
 ユゴーの生きた十九世紀のフランスは、激動の時代だった。前世紀後半のフランス革命後、ナポレオン皇帝の誕生、失脚、七月革命、ルイ=フィリップ王政……。革命が繰り返され、王政と共和政の間を激しく行き来した恐怖の季節。彼はじつはフランスにいられなくなり、ベルギーに亡命。流転の日々を送りながら本書を書き続けたのだ。
 そう知ると、この本の面白さも多面的に感じられてくる。文豪ユゴーの「正史(国家がまとめた歴史)に対抗して、我々が生きて死んだ時代の真実を小説として書き遺(のこ)さねばならぬ」という気迫を感じるからだ。さらに「悪政の犠牲になったのは貧しくみじめな人々(レミゼラブル)だった」という作者の本物の悲嘆が全篇(ぜんぺん)に溢(あふ)れているのも、魔力の一つだ。
 物語は一八一五年(ワーテルローの戦い)に始まり、一八三三年(六月暴動後)に終わる。登場人物たちを翻弄(ほんろう)した運命とは歴史そのもの。フランス史を調べながら読み直すと、壮大さに慄(おのの)き、ついで、深い悲しみも押し寄せてくる=朝日新聞2017年8月13日掲載