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本屋さんへ行こう 地域をつなぐ個性的な店々

盛岡市の「さわや書店フェザン店」(同店提供)

 本を売る店は「本屋」あるいは「書店」と呼ばれる。『広辞苑』(第4版)を引くと、前者は「書物をあきなう家、または人」、後者は「書物をあきなう店。本屋。書肆(しょし)」とあり、大きな違いはないようだ。私は一般的な文脈では「本屋」、専門的な文脈では「書店」と使い分けているが、それは「本屋」の方が親しみやすい印象があるからだ。

業種を超えて

 「本屋」を使いたい理由はもうひとつある。以前であれば、新刊書店と古書店、図書館は、同じ本を扱っても、業態も流通も異なる別の業種だった。しかし近年、古書コーナーが充実している新刊書店、新刊書やリトルプレスに力を入れる古本屋、本も販売するマイクロライブラリー(民間図書館)、出版社が営むブックカフェなどが増えている。厳しさを増す出版業界の現状が、かえって新しい試みへの機運を生み出したのかもしれない。
 だから最近の私は、いっそのこと、本を扱う場所や、そこで仕事をする人を、ぜんぶ「本屋」と呼んでもいいと考えている。新刊書店も古書店も図書館もブックカフェも出版社も「本屋さん」。そう考えるほうが、本の世界の風通しがよくなるのではないか。暴論でしょうか?
 『まちの本屋』というタイトルはありがちだが、著者が店長を務める盛岡市の「さわや書店フェザン店」の取り組みはまったく独自のものだ。
 郷土本のコーナーを大きく展開し、地元の書き手を出版社につなげる。介護福祉施設に図書館をつくる活動をする。最近取材したら、駅ビルの通路で地元の名産を紹介するコーナーをプロデュースしたり、地元の醬油(しょうゆ)会社と組んで「減塩醬油」までつくっている。すべてがこの町で本屋を営む意味と深く結びついている。

刺さる並べ方

 本屋の仕事の奥深さを感じさせるのが、『スリップの技法』。著者は書店チェーンを経て独立。「久禮(くれ)書店」の屋号で、さまざまな本屋の選書に携わる。コンピューターで売り上げを管理するPOS全盛のなか、新刊に挟まっているスリップを使って、客の傾向やこれから伸びそうなテーマ、仕掛けたい並べ方を考える。わずか数十センチ四方の平台で日々、実験と検証が繰り返されていることを知れば、本屋に行くのが楽しくなるだろう。
 客が「本を手にして意図を理解したときには『自分ごと』として刺さるような」並べ方を見出(みいだ)すために、自分の知識や体験、感覚を総動員して「もっと掘る」作業を突き詰めていく様子に、この人に並べられた本とその著者、出版社は幸せだと感じた。
 『すごい古書店 変な図書館』には85の古本屋と32の図書館が登場するが、数百万円の貴重書を扱う店から、百円均一の本が飛ぶように売れる店まで、そのありかたは千差万別だ。
 都立大学駅(東京都目黒区)近くの「Roots Books」は開店当初は洋書中心だったが、レジで話しこむおばあさん、作業服で訪れる若者など地元の客層に合わせて置く本も変わっていった。「4坪から世相も土地柄も見える!」のだ。
 本屋をつくるのは店主の個性であり、同時に客の個性でもある。だから、表面的な項目を押さえるだけのガイドブックと違って、著者が「すごい」「変な」と感じたポイントを素直に描いている本書は面白い。
 『まちの本屋』には、こんなエピソードもある。常連のおばあさんに頼まれて、店員がパートワーク(付録つきの雑誌)のロボットを組み立てる。その客は出来上がっていく様子を毎週見に来て、店員とも仲良くなる。
 本を手掛かりに地域の人と結びつく。これが「本屋」の仕事なのであり、ネット書店や電子出版にはできないことなのだと私は思う=朝日新聞2017年11月26日掲載