天才アラーキーの出世作といえば、第1回太陽賞(1964年)を受けた「さっちん」。東京・下町のやんちゃな子供たちを活写し、94年の写真集や個展の場で、見る人を魅了してきた。しかし、それらは受賞作ではなかったというのだ。今回の写真集が、「幻のオリジナル版が半世紀を経て甦(よみがえ)る!」とうたうゆえんでもある。
雑誌「太陽」に受賞作を掲載するため当該のコマをネガで入稿したが、手元に戻らず。その後はほかのコマの写真を発表してきたのだった。今回は当時の雑誌をスキャンし、一冊にまとめている。
これまで見てきたものより陰影が深く、コントラストが強い。その変化を、「逆にいい気分が出てる。あの時代の現実はこんな感じだった」と歓迎する。
撮影現場は、実家にほど近い三河島の古い団地。千葉大・写真印刷工学科の卒業制作で、子供たちを映画に撮ることにした。「『自転車泥棒』とかさ、ネオリアリズモにひかれてたんだよ」。同時に写真も撮り、卒業後の撮影分も加え、賞に応募したという。
主役は、小学4年の男の子、さっちん。「けんかは弱いくせに、一番になりたがる。オレに近かったね」。叫んだり、顔をしかめたり、けんかの仲裁をしたり。そしてカメラに向かい突進してくる。「何でもさらけ出し、こっちも被写体のような気分で撮る。子供と同じ高さの目線で、いっしょに遊び、撮る。写真は動態だよ」。荒木流「私写真」の原点だろう。
ドキュメンタリーが対象の太陽賞には、自信があった。「当時は公害とか学生紛争とかを撮った社会派が多かったけど、大切なものを忘れてたんだよ。身近な愛を。その点、オレは子供になって撮れた。いや、子供だったんだ」
がんや右目失明を乗り越え、撮り続ける。今年は数多くの個展も予定されている。最近、街も人も、ますます素晴らしく映るという。「そう、なんでも興味津々。純粋なものに向かっている」
喜寿ながら、子供のまなざしを持ち続けている。(大西若人)=朝日新聞2017年04月23日掲載
編集部一押し!
- とりあえず、茶を。 今だけを生きる 千早茜 千早茜
-
- インタビュー 村山由佳さん「PRIZE」インタビュー 直木賞を受賞しても、本屋大賞が欲しい。「果てのない承認欲求こそ小説の源」 清繭子
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「サンセット・サンライズ」井上真央さんインタビュー お試し移住が変える日常「足元の幸せを大事に」 根津香菜子
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「雪の花 ―ともに在りて―」主演・松坂桃李さんインタビュー 未知の病に立ち向かう町医者「志を尊敬」 根津香菜子
- インタビュー ヨッピーさん「育児ハック」インタビュー 「子どもが社会的“野生味”を身につけてくれれば」 川崎絵美
- インタビュー 松下洸平さん「フキサチーフ」インタビュー 僕の言葉を探してつむぐ、率直な今の思い 根津香菜子
- 北方謙三さん「日向景一郎シリーズ」インタビュー 父を斬るために生きる剣士の血塗られた生きざま、鮮やかに PR by 双葉社
- イベント 「今村翔吾×山崎怜奈の言って聞かせて」公開収録に、「ツミデミック」一穂ミチさんが登場! 現代小説×歴史小説 2人の直木賞作家が見たパンデミックとは PR by 光文社
- インタビュー 寺地はるなさん「雫」インタビュー 中学の同級生4人の30年間を書いて見つけた「大人って自由」 PR by NHK出版
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構