400万部を超えるベストセラー『バカの壁』も刺激的なタイトルだった。ご本人はいかにも血色はよさそうなのだが、今回は『遺言。』なのだという。
「いや何となくという感じですよ。いつ倒れてもおかしくない年代ですから、とりあえず言いたいことを言っておこうかと」
言いたいことの一つに「意識」が引き起こす害がある。目や耳などを通じて受ける感覚に対して、そこに「同じもの」を見つけ、意味に変換し、秩序を与えるのが「意識」。動物は感覚を使って生き、人間の活動の大部分は「意識」に基づく。そして、都市化が進む社会で暮らすと「感覚入力を一定に限ってしまい、意味しか扱わず、意識の世界に住み着いている」ようになるのだと書く。
「ほとんど病気に近づいています。そのしっぺ返しで子どもが減っているのでは。意識の中に住み着いてしまったような人間に子どもは、経済的でも効率的でも合理的でもないもの、邪魔にさえ映るのでしょう」
実際には多くの人がその息苦しさに気付き、何とかバランスをとろうとしているのだという。
「団塊世代はしょっちゅう山に行くし、若い人だって森へ出かけて癒やされると言う。全部そうですよ。生きるために必要なんです。みんながそれを理解するだけで大きな違いを生むと思います」
犬や猫との比較やマグリットの絵など、奔放に広げられていく論に引かれ一気に最後まで読んでしまった。養老さんが語って、編集者がまとめる「語りおろし」スタイルかと思ったが、書き下ろしだそうだ。一から書いたものは四半世紀ぶりだという。初めての船旅で半月という時間がとれ、人間とは、生きるとは、これまで考えてきたことをまとめることができた。だから「遺言」なのだ。
「あとは死ぬまでウロウロですかね。昔から、最期は芭蕉か西行かだと思ってたんです。野ざらしで終わるのがいい」
とは言え、虫捕りと山歩きで鍛えられた肉体は、やはりまだまだ旅に病みそうには見えなかった。
(文・星賀亨弘 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2017年12月3日掲載
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